第10話

 本当に終わりなんだな。学生じゃあなくなるって、おかしな気分だよ。お前たちはさ、気楽でいいよな。

 いつものように、屋上で奴がそう言った。

 お前だって、自分で望んで働くんだろ? どんな形でもさ、楽しんだもん勝ちなんだよ。お前ならさ、きっとどんな状況でも楽しめるだろ?

 はっ、学生を続ける奴に言われてもな。

 俺たち五人は、きちんと国大入学を決めていた。まぁ、ケンジがいるし、カナエもいる。受からない方が不思議なくらいだ。

 来週だったよな、卒業式? お前たちはどうするんだ? 予定がないならさ、みんなのパーティに参加しろよ。

 卒業式後にみんなで集まって食事をするって、なんだか恥ずかしいよな。俺はそう思っていたが、ケンジはすでに参加をすると言っていたな。俺はまだ、悩んでいたよ。ユウキと二人でって方がいいんだよな。それが本音でもある。

 そういえばさ、日曜のフェスにあの人が出るんだろ? 初参戦でいきなりトリって、凄いよな。

 奴はあの日、俺たちの楽屋に顔を出したんだ。聞き屋にそうしろと言われたらしい。そう言った聞き屋本人は来なかったんだけどな。

 お前たちもさ、いつかあの舞台に立つんだよな。羨ましい限りだよ。

 まぁ、その予定はしているよ。いつになるかは分からないけれどな。

 俺も、立てるかな?

 奴がそんな言葉を言うとは予想外だ。俺は奴の顔をじっと見つめた。

 なんだよ! 俺だって一応はバンドマンなんだぜ。悪いのかよ!

 そういう意味じゃないんだけどな。俺が驚いた理由は別にあるんだ。奴が軽音楽部だからって馬鹿にするはずはない。音楽を楽しむ気持ちは、平等だからな。俺が驚いたのは、奴の言葉に真剣さが帯びていたからだ。本気で立ちたいならきっと立てるさ。言葉にはしなかったが、そんな思いで奴を見つめていたんだ。

 次のライヴとかはどうするんだ? まさかあれで終わりじゃないだろ?

 ありがたいことに俺たちは、レコードデビューまで決まっているんだが、奴にはまだ言っていない。次のライヴは残念ながら決まっていないしな。

 卒業したらもう、こうしてお前と会えなくなるのか。寂しいよな。

 なにを言ってやがるんだよ。いつでも会えるじゃんかよ。お前たち、付き合ってるんだろ?

 奴はケイコと付き合っている。なんでかは知らないが、二人はそういう仲になっていたんだ。まぁ、ケイコの方が奴を好きになったようなんだけどな。女の気持ちっていうのは、ときに宇宙の理解をも超えるんだ。守ってあげたくなるのよと、カナエが言っていた。そういうもんなのかも知れないが、俺はやっぱり、守られるよりも守りたい。


 ケイコって、いい女だよな。俺にはもったいないよ。

 本気で言ってるんなら、やめとけよ。確かにお前にはもったない。

 ふんっ。けれどどうしようもないんだよ。好きっていう気持ちには逆らえない。

 なにを言ってやがると思うよな。こいつの言葉にはいちいち、余計な飾り付けが施されているんだ。どんなに本音を言っていても、嘘に聞こえることがある。

 お前だってそうだろ? 彼女のことを好きだっていう気持ちに嘘はつけないだろ?

 俺は別に隠すつもりもないよ。

 日曜のフェスには行くのか? 招待されてるんだろ?

 日曜に行われる音楽フェスティバルには、世界中から有名なアーティストも集まってくる。今年でまだ三回目か? 歴史は新しいが、何万って客が集まるんだよ。春先に行われるこのフェスが、俺たちにとって、今のところの目標になっている。真夏のフェスにも出たいし、海外のフェスも目標にはしているが、まずは一歩ずつだ。

 招待っていってもさ、見に来いってだけだからな。お前も来るか? 誘われてなくたって、別に構わないだろ。

 残念だけど俺は、その日は無理なんだよ。バイトがあるんだよ。最後のバイトだ。どんなバイトだと思う? 奴はニヤニヤ笑いながらそう言いやがる。言いたいなら自分から言えよなって思うよ。クイズ形式にする意味がないんだよな。

 興味はないが仕方がない。どんなバイトだよと、一応は聞いてみる。

 日曜のフェスの、会場警備だよ。奴は自慢気にそう答える。そいつは大変だなと俺は感じる。確かにただで楽しめるかも知れないが、あくまでも仕事だろ。自由に騒ぐってことはできないよな。

 それじゃあ向こうで会えるかもな。俺は嫌味でそう言ったんだが、奴は笑顔で、仕事の邪魔をしたら取り押さえてやるからな、なんて言ったよ。

 やっぱりここにいたのね? ちょっといい? 大事な話があるんだけど。

 ドアが開く音は聞こえなかった。足音もなく、突然にその声が聞こえてくる。しかし、誰だって思ったのは一瞬だった。声と口調ですぐに分かる。

 どうしてここが分かったんだ? 俺は間抜けなことしか言えないようだな。

 あんたたちがここで密会してるの、学校中が知ってるのよ。邪魔しちゃ悪いと思って誰も近づかないだけよ。

 密会ってなんだよ! その叫びは心にとめておいた。言葉にすれば言い訳がましいからな。ただ鼻で笑ってみたよ。隣の奴は声を出して笑ってたけどな。気を使ってくれるとは有難い。そんなことを呟きながらだよ。


 ナオミは俺を職員用トイレの前に連れて行く。二人きりで話をするときは、いつもここなんだよな。

 日曜日って、暇なんだよね? 予想外の言葉に俺は驚いたよ。それってデートの誘いか? 思ったままを口にする。

 バッカなこと言わないでよ!

 そういえばだけど、ケンジとは仲直りしたようじゃんか。

 俺は先日、学校の廊下でナオミがケンジと仲良く話している姿を目撃している。側にはユリちゃんもいて、三人共が笑顔だった。俺はまだ、そのことをケンジには尋ねていない。

 別に・・・・ あんたには関係ないでしょ?

 そんなことないだろ? 俺はお前たちが仲直りしてくれて嬉しいんだよ。これでもう、誰にも気を使わなくて済むだろ?

 あんたがなにに気を使っていたっていうの?

 さぁな・・・・ まぁ、色々だよ。で、ケンジはお前になんて言ったんだよ。まさか、付き合ってくれとか言ったのか?

 そんなはずないでしょ! あんた本当にケンジ君からなにも聞いてないの? 親友なんじゃないの?

 冗談言うなって。俺とケンジは親友なんかじゃないんだよ。友達でもないしな。何度も言っているだろ? 俺たちは家族なんだって。家族っていうのはさ、本音を言い合うことに遠慮はしないが、細かいことをいちいち説明することは少ないんだよ。

 なにそれ?

 俺たち五人はずっとそういう関係なんだよ。ナオミにいくら説明しても伝わりっこないんだよ。ナオミは一人っ子だしな。まぁ、現実の兄弟とはもっと会話が少ないのが現実なんだが、家族である気持ちはどっちも共通なんだよ。こんなこと普段は感じないが、兄貴のことを、俺は愛しているからな。直接は関わっていないが、兄貴の彼女のナオミが俺たちに協力してくれたからこそ、今の俺たちがあるんだよ。


 ケンジ君ね、男のくせにさ、ヴァレンタインの日にユリに告白したのよ。ユリったら、泣いてるだけでなにも返事しないんだもん。嫌んなっちゃうわよね。いまだにちゃんと返事していないから、付き合ってるのかどうかは微妙なんだけどね。

 ケンジらしいよな。ヴァレンタインは愛を告白する日なんだって、ずっと言っていたからな。男からっていうのが本来なんだとな。

 それでお前は、完全に振られたってわけか?

 なによその言い方! 別に振られたんじゃないわよ・・・・ 私は自ら身を引いたのよ。そりゃあ一度は振られたけど・・・・

 まぁ、どうでもいいよな。それで、大事な話ってこのことか? 女っていうのはときに、恋愛話が人生で一番大事だと考えるんだ。

 そんなわけないじゃない。ナオミはそう言いながらも、ケンジがハッキリしないからいけなかったのよ。なんて呟き、本音を零した。

 もっと早く告白していればよかったのよ。あの二人、気持ちはずっと通じ合っていたんだから。私はとっくに諦めてたんだから。ただ・・・・ 他に好きな人が出来なかっただけよ。

 俺のことでも好きになるか?

 やめてよね。冗談にしてもつまらないわ。冷静な口調でそう言われると、言った自分が恥ずかしくなるよな。

 まぁ、なんにしろよかったよ。ケンジとお前が仲良くしてくれないとさ、つまらないんだよな。俺はさ、お前も含めてさ、みんなで仲良くしたいんだよ。

 なによ、それ? あんたって本当に恥ずかしいことを平気で言うよね。まぁ、そこがあんたらしくていいんだけどさ。

 俺の言葉が恥ずかしいなら、ケンジの言葉なんて聞いていられないだろ? 俺がそう言うと、ナオミは大笑いをした。そして、なにを言ってるのよ。ケンジ君の言葉は詩的で格好いいじゃない。って言うんだよ。


 日曜なんだけどさ、暇なら代々木で歌ってみないかなって思ったんだけど、どうかな?

 はぁ? 突然の話に、理解が追いつかないでいる。どういうことだ? 代々木って、予備校か? 頭の中で巡らせる考えがまとまらない。

 一応は誘われているんでしょ? うちのお父さんがあの人に相談したら、あんたたちの名前が挙がったのよ。出られるんなら、出てみないかって? 順番は最後から三番目だけど、今のあんたたちなら大丈夫じゃないかって、あの人もだけど、お父さんもそう言っていたのよ。

 話の内容が、少しずつ理解でき始めた。代々木っていうのは、日曜のフェスの会場のことだ。国立陸上競技場で行われるんだ。朝から晩まで、国内外の十組のアーティストが参加することになっている。海外からのアーティストは、超がつく一流なんだよ。国内組だって、あの人以外も全てが一流だ。好きじゃないアーティストなんて一組もいない。そこに俺たちが? 冗談だろって思いしか浮かんでこない。

 なんでだよ! 俺たちが出るって、どういう冗談なんだ?

 冗談なんかじゃないわよ。みんなが本気で考えた答えなのよ。出たくないの? それなら今すぐ断るわよ。急いで他を当たらないとならないから。

 ちょ、ちょっと待てよ。ちゃんと説明してくれないか? どういうことなんだ? 出演者はもう決まってるんだろ? どうして俺たちが出るってことになったんだ? 正直言うが、意味が分からないんだよ。物凄く頭が混乱している。

 そっか・・・・ 朝のニュース見てないの? 日本に向かっていた飛行機が墜落したって、知らない?

 ナオミの表情に影が指す。そんなニュースが流れていた記憶はある。確か、日本人の乗客はいなかったとか、確認できていないとか、そんな言葉を耳にした気がする。

 それがどうかしたのか? 俺は飛行機なんて乗ったことないし、まわりでも飛行機に乗った誰かなんて聞いたことがない。事故を起こしたと聞いても、あまり実感が湧いてこない。そもそも空飛ぶ鉄の塊が、落っこちてこない方が不思議だよな。

 日曜のフェスに出演する予定のメンバーが乗ってたのよ。まだ詳しいことは分かっていないんだけど、まず助からないだろうって・・・・

 なんだよ、それ・・・・ 誰のことだ? 最後から三番目とか言ってたよな? 俺は必死に頭を回転させる。知り合いではないが、知っているアーティストがその飛行機に乗っていたとなると、一気に身近に感じてくるから不思議だよ。他人事だとはもう感じられない。死んでしまったのか? なぜだ? どうしてなんだよ! 人の心って、やっぱり自分勝手なんだ。大勢の誰かが死んだという事実に変わりはないのに、さっきまでとはまるで違う感情に襲われているんだからな。

 あまりに突然のことだから、お父さんたちも困っているみたいなのよ。もしも助かっていたとしても、出演するなんて不可能だろうし、穴を開けるとなると調整に問題が出てくるらしいのよ。時間をズラすとか、他の出演者を集めて追悼ライヴにするとか色々考えてはいるんだけど、誰もが納得する代替えを立てるのが一番なんじゃないかって話になってね、あんたたちはどうかって、あの人が推薦したのよ。もちろん私も、それがいいって言ったわよ。

 俺はなんて返事をすればいいか分からないでいる。なにを言えばいいんだ? こういうときの言葉が、俺の頭には存在していないようだ。


 俺はそのアーティストが誰なのかを思い出した。まだ若いんだよな。フィンランドって国のバンドで、メンバーのほとんどが十代だったはずだ。今回のフェスが初来日で、注目もされていた。

 あんたは聞いてない? 雑誌のインタビューで彼らがね、今回の来日で是非会ってみたいアーティストがいるって言ってたのよ。もちろんあの人の名前も挙がったんだけど、あんたたちのバンドに会いたいって言ったのよ。どこかでライヴの映像を見たらしいのよね。凄く興味持っていたのよ。あの人があんたたちを招待したのも、彼らに合わせるためだったみたいよ。雑誌読んでないの?

 音楽雑誌はたまに読むけど、俺は活字が苦手なんだよ。ケンジたちはきっと読んでいるはずだ。けれどまぁ、俺たちの名前が載っていたところで、嬉しくはあるが、それだけなんだよな。直接連絡がきたならまだしも、どうでもいいっちゃあどうでもいいことだ。

 俺たちがあそこに立つのか・・・・ 突然訪れた現実に、戸惑わない方がおかしいよな。っていうか、どうしてナオミがそんなことを言うんだ? お父さんがなんだとかって、どういう意味だ?

 どうしてお前がそんなこと、知ってるんだよ。

 雑誌のこと? それならほとんどの生徒が知っているわよ。確か同じ雑誌にこの前のライヴの記事も出ていたんじゃないかな?

 違ぇよ! 雑誌のことなんかどうでもいいんだ。俺たちを代役にするって話の方だよ。お前が知ってるのはおかしいだろ!

 そんなことないわよ。あんたには言ってなかったかしら? あのフェスは、うちのお父さんの会社が主催しているのよ。私もそれなりに、手伝いをしてるんだから。

 お前の父親か・・・・ それならありえる話なんだろうな。けどさ、なんで俺に言うんだよ。ケンジに言った方が話が早いだろ?

 ケンジ君にはあんたが言いなさいよ。私は・・・・

 なんだよ、まだ未練があるってことか?

 そうじゃないわよ。なんだかナオミの歯切れが悪い。

 やっぱり、俺のことを好きになったのか? 当然俺は冗談でそう言いているだけだ。

 バッカじゃないの。そう言いながら俺の足を蹴飛ばしてくる。一度でやめず、何度もだよ。流石に痛くて、やめろよと怒鳴ってしまう。

 冗談だって、俺だってお前とはそういうつもりはねぇよ。

 そういうつもりってどういうつもりよ! ホンットに馬鹿なんだから! 私はね、あんたのこと、こんな弟がいたらいいなってずっと前から思ってるのよ!

 ナオミは顔を真っ赤にしてそんなことを言う。なんだよ、それ・・・・ 俺まで顔が赤くなるのを感じる。俺も全く同じことを常日頃から思っていた。ナオミのような姉がいたらいいなってな。同い年だけど、なぜだかそう感じるんだよ。


 俺も同じことを思っているよ。想いは口にしないといけないよな。ナオミがせっかくそうしてくれたんだ。俺だけが黙っているわけにはいかない。

 それでどうするのよ。出るの? 出ないの?

 答えなんて聞かなくても分かっているはずだ。俺だってそうだが、ケンジが断るなんてあり得ないんだ。ケイコやカナエも、ヨシオも同じだよ。フィンランドの彼らがどう思うかは分からないが、俺たちは、俺たちにできることを精一杯やるんだ。それが彼らへの追悼にもなるんだからな。

 断る理由なんてないだろ? 彼らには悪いけど、これをチャンスと捉えなくてどうするんだよ。それにきっと、彼らだってさ、哀しい追悼集会なんて望んでいないだろ? 派手に楽しんでおくれと思っているんだよ、きっとな。少なくとも俺たちが逆の立場ならそう思うよ。間違っても中止にはさせないだろ?

 私に、だろって言われても困るけど、あの人も似たようなことを言ってたわよ。それからお父さんもね。よかったわよ。あんたに一番に相談をして。

 俺はナオミと別れ、ケンジたちにフェスに出ることを伝えた。当然、決定事項としてだ。俺たちにはリーダーなんていないんだ。全員に決定権がある。誰か一人が本気で言い出したことには、全員で取り込むことになっているんだよ。まぁ、フェスへの参加は、みんなが乗り気になっているんだけどな。

 そうか・・・・ 死んだって噂は本当だったようだな。まぁ、俺にはどうにもできないことだ。

 ケンジはとても悲しそうに遠くを見つめてそう言ったよ。

 彼らは死んでもさ、その音楽は死なないよ。僕は一生、聞き続けると思うな。

 ヨシオは涙声でそう言った。

 飛行機事故だなんて・・・・ どんな気持ちで死んでいったのかな? 怖かったのかな? なんで人って死んじゃうんだろうね。

 ケイコは終始俯き加減でそう呟いていた。

 それでもさ、日曜日が楽しみなんだよね。彼らが死んだのだって、正直実感は湧かないし。

 カナエは空を見上げてそう言った。


 帰りに五人が揃うことは珍しかったが、大事な話をするには好都合だよな。元から今日は学校生活最後の日だ。卒業式を除いてな。五人でどこかで食事をするつもりでいたんだよ。

 悲しくってもさ、俺たちは生きているんだ。それって幸せなことなんだ。俺たちはさ、やれることをやるだけだ。それでいいじゃんかよ。泣きたけりゃ泣けばいいし、笑いたければ笑えばいいんだ。悪いけど俺は、明後日、最高に笑ってみせるよ。

 おいおい、タケシの頭がおかしくなったようだな。ケンジがそう言い、みんなが一斉に笑い出した。なんだよ! 俺は別におかしなことは言っていないぜ。

 俺たちは横浜駅にあるラーメン屋で食事をした。中国人が経営している、安くて美味い店なんだ。なにかっていうと、俺たちはそこに行く。まぁ、デート向きじゃないから、ユウキを連れて行ったことはない。好きな女には、格好つけるのも男の仕事なんだよ。まぁ、やりすぎると疲れるからな。ときには息抜きも必要だったりする。卒業したら、連れて行こうと思っているよ。まぁ、ユウキの試合が終わった後にだけどな。そういえば日曜は大会だったはずだ。残念だよな。ユウキの試合を見に行こうかと思っていたんだ。本人は来ないでと言っていたが、俺はこっそり覗くつもりでいた。もちろんユウキには内緒で、声もかけずに帰るつもりだったんだけどな。予定は変更で、明日の練習を覗こうかなって考えている最中だ

 ラーメンを食べ終えると、誰もなにも言わずに自然とその足を聞き屋の元へと向けた。全員が揃ってだよ。


 来ると思ったよ。なんてつまらない言葉を聞き屋は落とす。横浜の街である種のヒーロー扱いの聞き屋だが、俺たちの前ではただのおっさんなんだよ。頼りになる兄貴と呼べよなんて本人は言うが、どう見ても親戚のおっちゃんって感じなんだよな。まぁ、実際頼りにはなるんだがな。

 フェスに出るんだってな。まぁ、お前らなら心配はない。ていうかまぁ、違う心配はあるんだがな。日曜が過ぎたら、お前らはもう、普通の学生じゃあいられなくなるだろうな。少なくとも、あいつと肩を並べて生きるんだ。

 俺たちは変わらない。ケンジがそう言う。その眼差しは、いつものように熱く、真剣だった。

 そんなことは分かってるんだよ。変わるのは、世間だ。お前らにそれが耐えられるのか、俺はそれが楽しみで仕方がないんだよ。世間に負ければそれまでだが、勝てばお前らが世間なんだ。

 なによ、それ? なんて言ってカナエが笑う。ケンジもつられて苦笑いだ。けれど俺には、笑えなかった。分かってしまったんだよ。聞き屋が言う言葉の意味がな。

 タケシは意外と物分かりがいいんだよな。俺は思うんだよ。タケシがいるから、ケンジの歌が輝く。タケシがいるから、バンドに喜びが満ちるんだ。

 なに言ってやがる。そんなんで俺を褒めたって意味はないよ。俺はな、こいつらがいなけりゃなにも出来ないってことを誰よりも理解してるってだけだ。世間っていうのも、それの延長なんだよ。俺たちが俺たちでいればいいだけなんだ。まぁ、それが意外に難しかったりもするんだが、五人が揃っていれば問題はないよ。

 フェスっていえばな、来年の話だけど、真夏の富士山で大規模なフェスを開催するって噂だ。やっぱりフェスは、夏が一番盛り上がる。今やっているフェスもな、夏フェスのための予行演習らしいからな。この国で最大のフェスを開催するらしいんだ。お前たちもきっと呼ばれるぞ。なんせその興行主もナオミの親父さんだからな。

 日本最大の夏フェスか。確かに魅力的だよな。なんせ俺らは、世界最大級の夏フェスの大トリを目標に切り替えたばかりだからな。


 聞き屋の元を去り、それぞれの家に帰った。俺の家にはナオミから電話がかかってきたんだが、ケンジたちの家にはナオミの父親から連絡が入った。日曜日のことを正式に知らされたってわけだ。

 前日である土曜日は完全なる休日を取ろうと決めた。俺が言い出したと思うだろうが、違うんだ。ヨシオが言ったんだよ。高校生活最後の休みはさ、好き勝手に過ごそうよ。なんて言ったんだ。まぁ、ヨシオのつもりはみんなにスケスケだったんだけどな。

 ヨシオは彼女とのデートを楽しんだ。ケイコも同じだよ。長髪男と映画を見たんだとさ。カナエは、あいつはどうかしているんだ。朝から晩まで聞き屋の隣に座っていた。聞き屋には奥さんも子供いるんだ。それを知っていても、好きだって気持ちは変わらないんだとさ。まぁ、不倫をするつもりもなく、ただ側にいて、聞き屋と同じ空気に触れていたいだけなんだとさ。なにを考えているのか、理解に苦しむよな。ケンジの行動もまた、謎だった。ユリちゃんをデートに誘ったようなんだが、ナオミにも声をかけている。三人で港を歩いたそうなんだ。まぁ、ケンジも楽しかったようだし、なんせナオミが喜んでいたことに驚いたよ。イチャつくケンジとユリちゃんを見るのが、楽しかったんだとさ。

 俺は、ユウキの学校まで一人で行ったよ。当然行くことは伝えていない。黙って練習を見学して、黙って帰るつもりだったんだ。俺は、ユウキが汗をかいて熱中している姿を見るのが好きなんだ。

 ユウキが通う学校は、女子校だった。俺はやっぱり馬鹿なんだよな。女子校に男子が一人で歩いていれば目立つんだよ。サッカー部の練習は公開されていたし、土曜日は一般にも解放されていた。俺は決して、無断で侵入したんじゃないんだけどな。

 そこでなにしてるのよ!

 休憩時間に、ユウキの姿を見失った。まぁ、どこかで休んでいるんだろうなと安心していたんだが、背後からの声には驚いたよ。俺は例え風邪をひいてガラガラ声になっていたとしても、ユウキの声だけは判別できるんだ。


 なんだ・・・・ バレちまったようだな。そう言いながら俺が振り返ると、ユニフォーム姿のユウキが腕を組んで仁王立ちしていた。俺より背が低いはずなんだが、見下ろされているような感覚に陥った。

 一人で来たの?

 当然だろ? 俺がいたんじゃ迷惑か?

 そんなことないよ。ユウキの顔が、少しだけ綻んだ。

 一生懸命なユウキの姿を見たかったんだ。怒ってるんなら謝るよ。

 怒ってなんかないけど、急に来るなんてずるいよ。ここは女子校なんだよ。タケシ君、そうじゃなくても目立つんだからな。

 俺は別に、普通なんだけどな。背だって人並みだし、顔も髪型も、服装だってそこら辺の若者となんら変わりはない。目立つ部位は一つもない。まぁ、女子校の中なら、多少は目立つかも知れないがな。

 ユウキと一緒にいられるんなら、目立っても構わないよ。ユウキだって、とても目立ってたぞ。やっぱりユウキはさ、一生懸命な姿が一番輝いてるよな。

 もう・・・・ そんな恥ずかしいことよく言えるよね。顔を真っ赤に染めるユウキは、やっぱり可愛らしい。

 今日は何時まで練習なんだ? できれば一緒に帰りたいんだけど、ダメか?

 ダメじゃないよ・・・・ けど、みんなに誤解されちゃうかも・・・・ 私は別に構わないんだけど・・・・ ユウキは照れているのか、モゴモゴと呟く。聞き取り難いが、俺には問題がない。愛の力は絶大なんだよ。なんてな。

 誤解ってなんだよ。俺たちが兄妹だってことか?

 もう! ふざけないでよ! 付き合ってるって思われるじゃない・・・・

 なんだよ、それ。嫌なのか? っていうか、付き合ってるじゃダメなのか?

 ダメなわけないじゃない。けど・・・・ ちゃんと告白されたことないし、彼氏いるのって聞かれるといつも困ってるんだよ。ユウキはそう呟く。

 俺の気持ちはさ、じゅうぶん伝わっているだろ? 口で好きだって言わなくても、身体で表現しているんだ。俺がユウキを好きだってことは、みんなに伝わってるんじゃないか? これが俺なりの告白だよ。ユウキはそれを受け入れてくれている。それが答えだって俺は思ってたけど、違うのか?

 ・・・・そうだけど、やっぱり言葉で聞きたいんだよ。私だって、これでも女の子なんだよ。

 ユウキのその言葉に、俺の胸が苦しんだ。そうだよなって思ったんだ。口には出さなくても気持ちは伝わる。それは確かなんだけど、言葉として気持ちを聞きたいこともあるんだよな。それもまた確かな気持ちだよな。


 俺はユウキのことが好きだ。ずっと側にいてほしいよ。死ぬまでずっとだ。いいよな?

 なによ、それ・・・・ まるでプロポーズじゃない・・・・ そう言いながらユウキは、涙をこぼした。俺はそっと近づき、そう思ってもらって構わない。そう耳元で呟きながら抱きしめた。

 練習が終わるまで待ち、ユウキと一緒に横浜に帰った。予定とは違うが、ラーメン屋に連れて行った。お腹が空いたとユウキが言ったからだ。

 美味しいねと言い、ユウキはラーメンと丼を一人前ずつ食べきったよ。幸せそうに食事をするユウキを見ていると、俺も幸せになるんだなと気がついた。

 明日は見に行けないけど、応援してるよ。俺がそう言った。

 ありがとう。試合が終わったら、そのまま見に行くよ。間に合うよね、きっと。

 会場についたらさ、受付に声をかければ伝わるように言っておくよ。もしも無理ならナオミに頼んでおくからさ。

 うん、分かったよ。タケシ君ってさ、なんか高校生になってから変わったよね。すっごく格好よくなったよ。見た目とかじゃなくて、なんだが小説家みたい。

 どういう意味だ? 見た目が格好いいのは承知しているが、小説家みたいとは言われたことがない。自分で感じたことすらないよ。

 うーん・・・・ 言葉が変わったのかな? 喋ってる言葉が、たまにだけど詩を読んでいるように聞こえるの。とても心地のいい詩をね。

 俺は詩なんて書かないよ。まぁ、たった一曲だけ書いてはいるんだけどな。

 本当に? どんな歌なの? 聞いてみたいな。

 明日披露する予定だよ。俺が詩を書いたってことにはなっているけれど、現実はちょっと違うんだよな。みんなの言葉を拾い集め、繋げただけだ。ポップンロール。それがタイトルだよ。

 バンド名をタイトルにしたんだ。なんかタケシ君ぽいかも。

 そうか? まぁ、明日はその曲で始めるつもりだよ。

 俺はユウキを家まで送り届けた。別れ際、そっと抱き寄せ、おでこにキスをした。明日はきっと、いい日になるよ。


 俺たちポップンロール

 弾けて飛ぶのさ

 甘くてとろける

 ポップなロックンロール


 楽しいことしたいだけ

 やりたいことを探せばいいんだ

 楽しいことしたいだけ

 自分の気持ちを曝け出すんだ


 つまらない大人に興味はないんだ

 楽しむための言い訳なんて

 俺には少しも必要ないんだ

 楽しいと感じる日々を

 重ねて生きていけばいいだけだから


 フェスの会場には俺たちの家族が勢ぞろいしていた。それぞれの両親や兄弟姉妹、恋人も来ていたよ。まぁ、長髪男は警備の服装を着ていたんだが、仕事そっちのけで踊り狂っていた。ユウキはユリちゃんとナオミに挟まれていたな。兄貴の彼女のナオミも来ていたよ。当然隣には俺の兄貴だ。聞き屋も顔を出していたようだが、俺にはその姿が確認できなかった。

 一曲目の勢いのまま、俺たちは立て続けに五曲を演奏した。そこで一旦、ケンジが話をした。フィンランドの彼らへの想いを語ったんだ。そして、彼らの曲を演奏した。当然、愛を込めたカバー曲としてだ。俺たちなりの表現を加えることにこそ意味があるって信じている。そのままのコピーでは、伝わる気持ちも半減する。その後はまた、演奏を続ける。俺たちのライヴに、おしゃべりは少しでじゅうぶんだ。ケンジがメンバー紹介を挟んだだけで、最後まで突っ走ったよ。大盛り上がりのその様子は、翌日のテレビでも多く紹介された。雑誌の表紙も飾ったんだ。俺たちは、その名を世界に知らしめすことに成功したってわけだ。

 卒業式は、それほどには感動もなかったよ。その後のパーティも、参加はしたが普通だった。俺たちは多少はチヤホヤされたが、多少だけだった。それが当然だと思うし、それでよかったとも思うよ。長髪男もまた、普通だった。最後の日も俺と奴は屋上で語り合ったよ。もちろん、二人きりでな。奴は最後に職員室に行き、合唱部の先生に鍵を返した。

 卒業式の一日は、至って普通だったんだが、一生の思い出でもあるんだよな。二度とは戻らない瞬間ってやつが、そこには満ちていたんだ。泣いたり笑ったり、忙しい一日なんだよ。


     ♪


 俺は過去を振り返ったりしないんだが、過去の俺が記したこの物語は、俺を懐かしい気分にさせてくれる。なんのために書いたのか、正直思い出せない。せっかく書いたんだから、世に出せばいいのになとも今の俺は思うんだが、過去の俺はこれを封印した。忙しくて忘れただけかも知れないが、当時の俺が発表していたならきっと、流行りものとして片付けられてお終いだったろうな。

 今でも俺は、ポップンロールを続けている。当然、五人一緒にだ。いつになっても俺たちは、弾けて飛ぶだけなんだよ。

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