第8話
よう! お前が自分からやって来るなんて、珍しいな。
まぁな。用がなければ俺はここには来ないよ。
俺は奴の隣で、そう言った。鍵かけないといつかバレちまうぞ。
まぁ、それでもいいんじゃないか? いつまでも俺が独り占めするには、ここは広すぎるからな。休み時間くらいさ、みんなに開放すればいいんだ。きっとみんな、大喜びだよな。
そいつはいい案だけど、そうなるとタバコなんて吸えなくなるぞ。まぁ、その方がいいか?
ふんっ、そんなことを言いに来たのか? どうせ・・・・ 見当はついているんだけどな。
まぁ、そういうことだよ。お前だったとはな。ショックというか、納得というか、おかしな気分だ。
俺はさ、お前たちが嫌いなんだよ。ケンジはいつだって俺を見下してやがる。お前だってそうだろ? 軽音部なんて、お前らと比べなくても最低だ。部活なんて、所詮は遊びだからな。
そんなことはないだろ? 俺たちだって、そこまでは思っちゃいないよ。
よくいうよな。お前らのライヴ見たけどさ、凄いよな。あれならあっという間にデビューだよ。そう思うとさ、悔しいだろ? だから邪魔してやってるんだ。お前だって、順調過ぎるより楽しいだろ? 俺のおかげだぜ。お前らがものすごい勢いで成長をしているのはな。
なんだよ、それ。意味分かんねぇよ! いつからなんだ? 俺たちのライヴなんて、最近始めたばかりだぞ。
キッカケはナオミだな。文化祭に参加させるなってあいつが言っただろ? 実際には聞いていないが、そんな感じだったんだ。俺は最初、本気でお前たちを文化祭に誘うつもりだったんだぜ。けれどさ、ナオミがお前たちを締め出したことでさ、こっちの方が楽しいんじゃないかって思ったんだ。ライヴハウスにはさ、ナオミの名前を出しただけだよ。意外に簡単だったんで驚いたくらいだ。あの頃はまだ、ナオミとも仲はよくなかったからな。今年に入ってさ、同じクラスになったときは嬉しかったよ。これで堂々とナオミの力を利用できるからな。
なんだよ、それ? お前さ、想像以上につまらない奴だな。そんなことして、楽しいのか?
どうだろうな。まぁ、お前たちが苦しんでいる姿を見るのは楽しいと思ったんだが、お前たちさ、全く苦しまないだもんだ。正直参ったよ。しかもさ、ヨシオの家でのガレージライヴ、あれにも驚いた。俺はもうさ、お前たちに嫌がらせするしか楽しみがないんだ。これからも続けるつもりだからな。覚悟しておけよな。
おかしな言い分だったが、俺は文句を言わなかった。好きにすればいいさ。そう言い、出て行っただけだ。
俺たちには、俺たちにできることをするしかないんだ。横浜駅前のライヴをとにかくこなしていく。そして、いつか訪れるチャンスを待っていた。
俺たちの評判が上がると、やはり警察が動き出した。聞き屋が間に入ってはいたが、流石に集まる人数が増え過ぎたんだ。俺たちは、演奏時間を変え、曜日も変え、多くの人に音楽を届けた。確実に、なにかが変わり始めていた。
流石にもう限界だよな。これじゃあ、桜木町の二の舞だな。お前らはもう、路上じゃ無理だ。どこかいいライヴハウスでも探さないとな。このまま消えていくのは嫌だろ?
聞き屋がそう言った。けれど俺たちは、どこのライヴハウスでも門前払いだった。横浜市内から飛び出しても、すでに長髪男の息がかかっていたんだ。都内も、全滅だった。
そんなの小さな箱に限ってだろ? そうだな。思い切って、チッタででもやるか? それともアリーナか?
あのさ、俺たちは本気で困っているんだよ。ライヴがしたいんだ。この際どこでもいいんだ。
まぁ任せておけよ。真面目な話、今のお前らならチッタ程度なら簡単に埋まると思うよ。けれどまぁ、金次第だよな。自分たちで宣伝するには限界があるしな。誰かいないのか? 知り合いでそんな仕事をしている奴がさ。
聞き屋の言葉を聞いて、一人心当たりを思い出したよ。まぁ、あてになるかどうかは怪しかったが、この際だ。頼って損はないよな。
俺がなんとかしてみるよ。忘れていたんだけど、一人だけいるんだ。直接なんて会ったことはないんだけどな。兄貴の彼女の友達の彼氏だとかいう、とんでもなく遠い関係なんだけど。まぁ、なんとかなるんじゃないか? その話が本当ならな。
そんな俺の言葉には流石の聞き屋も唖然としていた。まぁ、やれるだけのことはしてみろよ。呆れ顔でそう言われたよ。
私も一人いるよ。っていうか、みんなも知ってるじゃない。ナオミならきっと力になってくれるわよ。ケイコがそう言った。俺は、それはやめといた方がいい。話がこじれるだけだ。そう言ったよ。その言葉を聞いて、ケンジだけが頷いていた。
とにかく頑張れよ。俺もまぁ、当てがないってわけじゃないからな。
俺たちはその後も横浜駅前でのライヴは続けていたが、定期的にとはいかなくなった。週に一度、十日に一度、月に一度、観客が増えるに反比例してどんどんと回数が減っていった。
俺は兄貴の彼女のナオミに連絡を取った。
前に言ってただろ? 有名なアーティストの知り合いがいるってさ。ちょっとばかり相談させて欲しいんだけどさ。
俺はいきなり、そう言った。兄貴の電話を借りてな。
あんたさ、まずは挨拶でしょ? それから理由を言ってくれないと困るのよね。
俺はざっと説明をしたよ。俺がバンドをやってるってことは兄貴も知っていたから当然ナオミも知っている。しかし、どんな活動をしているとか、その状況なんて知りっこなかった。俺の言葉に、ナオミは驚いていた。
そのバンドのことは噂で聞いてるわよ。すっごい評判じゃないのよ。あんたのバンドだったの?
ナオミは電話越しでも伝わるほどに興奮していた。
俺のってわけじゃないけどな。俺たちの、だよ。
彼を紹介するのはいいけど、それでどうなるかは分からないわよ。あんたの話が本当ならね、そのナオミって子、私にも心当たり当たるのよ。同じ名前だから覚えているけど、おじいさんが元総理大臣で、その娘が皇族関係の誰かと結婚してできた娘っていう噂よ。とにかく物凄い家の子ってことよ。本気になれば、ならなくてもかな? バンドを一つ潰すのなんて簡単なことよ。ビートルズくらいの大物だとしても、一捻りよ。
だから言ってるだろと、俺は言ったよ。ナオミは直接は関係ないってな。その名前を利用されただけだ。とはいっても、ナオミがそんなに有名だったとは驚きだ。見た目は最高だし、地位も名誉もあるのか。相性だって悪くないしな。好きになればよかったか? なんてな。そうはいかないのが人の心ってやつなんだよ。
とにかくさ、俺たちはライヴがしたいんだ。しなくちゃならないんだよ。なんとか相談してくれよな。そう言って電話を切ったよ。ナオミは小声で、仕方ないわねぇ、なんて言っていた。
気がつけば俺たちは、三年になっていた。俺は大学には興味がなかったが、カナエは受けるつもりだと言っていたよ。ケイコは陸上部をまだ続けていて、そこそこの成績を残し、そこそこに有名な大学側からも声をかけられていたんだが、そっちは断るつもりだそうだ。ヨシオは親との約束で、大学に行かないならバンドは辞めなくてはならないと言っていた。ケンジはよく分からないな。受けてもいいが、そんな暇があるのか? そんなことを言っていた。
それで俺は、幼い頃に父親とした約束を思い出した。俺たちの隣町には、国立の大学がある。俺は当時流行っていたシールが欲しくて、国大に受かったら箱ごと買って貰う約束をしたんだ。
後で知ったことなんだが、国大では教育学部が有名らしい。しかも、音楽科なんていうのがある。目的は音楽教師の養成だろうが、それでも楽しそうだ。記念受験には最適だろ? 俺の提案は、みんなに受け入れらたよ。
一度ライヴを見たいって言われたんだけど、どうする? 西口ではまだやってるの? 最近あまり見かけないって友達が言ってたけど。
ナオミからの連絡はいつも兄貴伝いだ。兄貴宛ての電話で、会話をする。面倒だが仕方がないよな。
最近はあまり出来ないんだよ。警察がうるさくってさ。とりあえず相談して、日にちだけでも決まったら伝えといてよ。どんな感じなんだ? その人?
さぁね。私はよく分からないよ。いい奴だけど、実際に演奏している姿は見たことないから。有名らしいけど、その世界ではって話よ。本人も力になれるかは分からないってさ。けれど興味はあるみたいだよ。横浜西口って言ったら、あそこはユニークだ。なんて言っていたから。
俺は聞き屋に直接、いつならできるかを聞きに行った。チャンスかどうかは分からないが、先へと繋がる可能性はあるんだ。
夜中ならいつでも構わないぜ。その誰かさんが来られるならな。流石に夜中じゃいつものような騒ぎにはならないだろうからな。それじゃあ来週だな。俺はそう言い、立ち去った。来週のいつだよ! なんて声が聞こえたが、無視しておいたよ。
翌週の金曜日、夜中に始まった俺たちのライヴは、良くも悪くも普通だった。ナオミが誘ってくれた誰かは、来るとは言っていたようが、俺たちに声をかけては行かなかったから、実際どうだったのか、そのときは分からなかったよ。まぁ、どうでもよかったんだよな。ライヴが出来るだけで、幸せだった。
夏休み中、俺たちはとにかく大忙しだった。国大に入るための勉強をしながら、曲作りと練習に励んだ。俺はバイトもしていたしな。充実はしていたんだが、ライヴができないっていうのは苦しいよな。こう言っちゃなんだが、俺たちが路上ライヴをできなくなったのも、ナオミの父親が関係してるって考えたほどだよ。ナオミ自身は関与を否定しているし、長髪男にそこまではできない。娘の哀しみを誤解した父親がって可能性はあり得るだろ?
最後の文化祭くらい出てみるか? ケンジがそう言った。
無理だと思うけどな。俺はそう言ったよ。
ナオミだってもう意地悪はしないだろ?
しないだろうな。けどさ、今年から軽音部の部長はあの長髪男だからな。まぁまず、無理だろうな。
俺が頼んでもか?
ケンジが頼んでもだよ。
私が頼んでみようか? そう言ったのはケイコだった。今年もまた同じクラスなんだよね。
クラス替えをいくらしても、俺は一人きりだった。まぁ、その分新しい友達が増えるのはいいことなんだけどな。三年になり、ケンジとヨシオは同じクラスになった。カナエはケイコと一緒だし、そのクラスには長髪男以外に、ナオミもユリちゃんもいるんだよ。まぁ間違いなく、ナオミの仕業だな。俺も混ぜてくれっていうんだよ。
それならさ、いつかのあれ、実行してみるか? タケシが言ってただろ? 屋上で演ろうってさ。
ケンジはそう言ったが、俺はそんなこと言ってないんだよ。屋上で演ったら楽しいだろうな的なことは言ったことがあるけれどな。
けれどその意見には賛成だった。俺はこのとき初めて、長髪男が屋上の鍵を持っていることをみんなに知らせた。それを盗んで合鍵を作ろう。それで決まりだった。文化祭の最終日、昼過ぎの決行だ。しっかりとした計画があれば、事は順調に運ぶもんなんだ。
俺は長髪男がいつもどこに鍵を隠しているのかを知っている。上着のポケットだ。体育の授業では教室に置いていくからな、チャンスは十分だ。ケイコがうまくやってくれることになった。体育の授業を見学するのは、男子よりも女子だと自然だからな。合鍵屋は商店街に並んでいる。あっという間に作戦終了だったよ。
文化祭の最終日、その前日に俺たちは機材を運んだ。俺の兄貴が車を用意してくれたんだが、どういうわけか運転手はケンジだったんだ。あの野郎は俺たちに黙って自動車学校に通っていたんだ。誘ってくれりゃあよかったのにな。まぁ俺の場合は金銭的に苦しいんだが、車の免許を取るって言えば、親だって少しは都合してくれるかも知れない。
結局ナオミの知り合いは頼りにならなかったな。
機材を積んだワゴン車には、兄貴はいなくて、代わりにナオミが乗っていた。俺の言葉を聞いたナオミは、さんをつけなさいよ! そう言って俺の頬を引っ叩いた。
イッテェな! これはちょっとやりすぎだろ!
頬が痺れ、真っ赤になる様子を肌で感じられた。俺はよくあちこちの女にぶたれるが、このときのはその中でも最高に強烈だったよ。
サービスよ、サービス! みんながいるんだから。
なんだよ、それ!
文句があるんならもう一発よ。
そう言いながら振りかぶったナオミに対し、俺は素直に黙ったよ。
っていうかあんた、聞いてないの? おっかしいな。彼はあんたたちのこと、だいぶ気に入ってたみたいなんだけどな。ライヴの件は心配するなとも言っていたのよ。
そんな話聞いてないよ。っていうか、あの日あそこにいたのも知らなかったよ。まぁ、顔を見ても分かんないだけど。いたんなら声くらいかけてもいいだろ?
うるさいわね! あんたが彼の文句を言うんじゃないよ!
必死に頬をガードしていたら、今度はいつものように頭を叩かれた。
明日のことも話したらさ、喜んでいたよ。見に来るんじゃないかしら?
まぁ、もしそうなら嬉しいよ。俺は大した期待もせずにそう言った。
俺たちの本格的なライヴデビューは、冬休み前の最後の登校日だった。長かったよな。ケンジがバンドを始めようと言ってから、二年半もかかったんだ。まぁ、その間に路上ライヴはいっぱいやったんだけどな。
文化祭での屋上ライヴは、ある意味では成功で、ある意味では失敗だったな。俺たちの音は、町中どころか、学校中にも響かなかったんだ。屋上とその周辺だけで盛り上がった。機材の問題だよな。俺のイメージとしては、校舎が揺れるくらいの爆音で演奏するはずだったんだよ。まぁ、そいつは無理だよな。
おかげさまというか、先生たちが騒ぎ出すのも遅かったよ。俺たちは予定通り、決めていた曲を演りきった。
屋上は開放していた。けれど、全校生徒が集まるっていう感じじゃなかったよ。もっと大騒ぎになって欲しかったんだよな。学校をクビになるほどに。
とは言っても、俺たちが起こした騒ぎを知らない者はいなかった。学校側からそれほど怒られなかったのには理由もあったしな。ナオミがってわけじゃない。見た目が体育教師の音楽教師が、私が許可をしたと言い出したんだ。なんでなのか、意味が分からない。俺は三年間、音楽の授業は選択していないからな。
ああ見えて、繊細な男なんだよね。僕は好きだよ。バレたのがあの人でよかったよね。
なんの話だ? 俺はヨシオの言葉に驚いたし、理解が出来なかった。バレたって、なにがバレたんだ? 俺がそんな風に騒ぎ立てたとき、みんなは冷静に笑っていた。なんだ? 俺だけが知らない秘密があるんだと気がついたよ。それは、文化祭の次の日、反省会と称してヨシオの家で集まっているときのことだ。
タケシは馬鹿だからってさ、ケンジが言うなって。そう言ったのはケイコだった。
あの状況でタケシに言っても意味なかったしね。カナエがそう言った。
別に知らなくてもいいことだからな。タケシが知ったらきっと、やっぱりやめようかなんて言い出すかも知れないだろ? それもありだが、それはなしなんだよ。
俺だけが除け者だったってわけだ。なにも知らずに楽しめたんだから、まぁそれもありっていえばありなんだけどな。
当日の朝、長髪男が例のように屋上に来てタバコを吹かしていたらしい。俺たちの機材は、シートで隠してある。楽器の一部は放送室にも置いておいた。
奴は馬鹿だから、普段はそこにないシートの存在になんか気がついていなかったよ。けれどな、馬鹿なのは俺たちも一緒だったってわけだ。俺たちはその機材を、屋上の影に隠したつもりだったんだが、そこはさ、音楽室のある場所からからは丸見えだったんだよ。まぁ、シートが乗せてあるから、そこになにがあるのかまでは分からないが、普段はない物があるっていうのはおかしいからな。先生はそれを、当日の朝に見つけたんだ。
音楽室の奥の楽器置き場が、先生にとっての憩いの場だった。窓の外を見ると、見慣れないシートがある。確認しようとの責任感くらいそりゃああるよな。木札のついた鍵を持って、屋上へと向かった。
屋上のドアが、ガチャっと開く。奴は馬鹿だから、先生に向かって、タケシもここが好きだよな。なんだかんだでよく来るよな。振り返りもせずにそう言ったそうだ。
誰がタケシなんだ? こんな所でなにしている? ここは鍵がかかっていたはずだろ? 生徒は立ち入り禁止だぞ。
その声にまず、奴は驚くよな。うわぁ! マジかよ・・・・ なんて固まっていたんだろうな。
タバコか? そんなの身体に毒なだけだぞ!
うるせぇ! 奴はそう言って、火のついたままのタバコを、火を向けて先生に投げつけた。
熱っ! 投げられたタバコは見事に命中した。先生の額が、焼けた。
慌てる先生の隙を見て、奴は逃げた。そんな状況で、待てぇの声に従う奴なんていないよな。
全く、困った奴だな。そんなことを呟きながら、先生はシートの元へと向かっていく。そっと捲り、中身を確認する。ニヤッと頬を緩ませ、あいつらか・・・・ そう言ったんだ。
そんなに文化祭に出たかったのか? 正直に言うが、お前たちはそのレベルじゃないんだけどな。
先生は、放送室にやってきて、ヨシオに向かってそう言った。
なんのことですか? ヨシオは素直にそう答える。本当に理解ができなかったんだよ。先生は合唱部とは別に、放送部の顧問も兼任していたんだ。俺は全く知らなかったけれどな。放送部はいつも、好き勝手に音楽をかけたり、喋ったりしていた。そこに先生たちの影はまるで見えなかったよ。
この前私に見せてくれた電子オルガン、あれは今どこにあるんだ? 答えられないなら、あれは音楽室に寄贈しよう。
どうして・・・・ ヨシオは一瞬沈黙をしたが、本当のことを話してしまった。
そういうことか。まぁ、お前たちらしいやり方だな。本当に演るのか?
うん・・・・ どうしても今日、聞いて欲しい人がいるんだよね。本当に来るのかは分からないけどさ。なんせ伝言ゲームのように聞いた話だからさ。
ヨシオはそう言ったが、それが誰なのか、先生には言わなかったようだ。それでも先生は、納得してくれたんだけどな。だったらやればいいさ。私が許可をしたと言っといてやるとね。
俺たちを見にきていたのは、あの人だってさ。本当なのか? あの人が来れば、学校中大騒ぎになるだろ? まぁ、似たような人を見かけたって噂は実際あったみたいだし、俺は直接本人の口から見に行ったとの言葉を後に聞いている。それからもう一人、ナオミの知り合いも来ていたそうだ。ナオミの知り合いが、あの人を呼んだってわけだ。ナオミの知り合いは、あの人のバックバンドでドラムを叩いている。
ヨシオはケンジと一緒に、そのことを聞き屋から聞いていた。聞き屋のところに、ナオミの知り合いが顔を出したそうだよ。どうして俺に言わなかったのか? 理由を聞いても納得は出来ないよな。今でも俺は、多少なりとも怒っている。まぁ、多少なりともはだ。
それにしても不思議なのは、あの先生だよ。ヨシオとの繋がりがあったからといって、俺たちに好き放題させながら守ってくれた。嬉しいことだが、意味は分からないよな。ヨシオが言うにはだが、先生は何度か俺たちの路上ライヴを見かけていたらしい。本気でなにかを楽しんでいる奴は凄いんだ。なんてケンジが言いそうな言葉を放ったんだとさ。同じ音楽家として、応援したいとも言ったようだ。面白い先生だよな。もっと早く仲良くなりたかったもんだよ。音楽の授業だって、先生の元なら楽しかったのかも知れない。なんて俺が言ったら、授業は最低だよと、ケイコとカナエが声を揃えた。どんなに最低なのか、詳しくは聞かなかったが、退屈で眠たくなるんだとさ。音楽の授業だって言うのに、講釈ばかりで、曲を聞かせてくれないらしいんだ。それ以上は聞きたくないなと、俺から詳しい説明を拒んだよ。ケイコとカナエが先生に対する不満を俺にぶつけようとしていたのが見え見えだったからな。
俺たちのライヴは、その時点ですでに決定していた。ケンジさえ知らなかった。あの人が勝手にスケジュールを押さえてくれたんだ。元々はあの人がシークレットライヴ用に仮押さえをしていたらしい。それをちょうどいいじゃんかと、譲ってくれた。
大量にチケットを渡され、好きにしていいぞと言われた。どういう意味だが困惑していると、あの人はこう言った。とりあえずここには千三百人入ることができる。残りは大人たちが捌いてくれるから心配するな。会場代もいらないとさ。ただし、ギャラはそのチケット三百枚だけだ。好きなように使えばいい。定価で売るのもいいし、タダでくれてやってもいい。自由だよ。まぁ、お前らなら簡単に捌けるんじゃないか? 駅前で歌えばいいだけだ。
ナオミからの呼び出しで、俺たちはあの人に会うため、チッタに向かった。その日はあの人のライヴがあり、俺たちはそこに招待されたんだ。聞き屋も一緒に来るはずだったんだが、急な仕事で来られなくなった。残念だよな。最高のライヴだったのにさ。
あの人はそこで、俺たちの宣伝をしてくれた。絶対に損はないから見にこいよなと言っていた。そして公演後、チケットは一気に数百枚売れたんだ。どうなっているんだこの世の中は? そんなことを感じたよ。
お前たちのおかげで俺はお咎めなしだ。感謝するってことに決めたよ。
長髪男はいつものように屋上へと俺を誘い、タバコを吸った。
ここはもう危険だろ? 他を探したらどうだ?
それは違うぞ。ここは今、これまで以上に安全なんだよ。お前たちが合鍵を作っていたからな。俺がもう一つ持っているとは夢にも思っていないだろ? 俺はたまたま通りがかり、鍵が開いていた屋上でタバコを吸っていただけだ。どういうわけかあの先公、俺がタバコを吸っていたことは誰にも言わなかったんだけどな。案外、いい奴なのかも。キモいけど。
なんて言って奴は笑っていたが、俺は真相を知っているんだ。あの日の夕方、あいつは先生の前で涙ながらに謝っていた。土下座までしてな。どうしてそんなことをするのか理解出来ないが、奴はこの高校じゃ珍しい就職組だからな。内定を貰っていたようだし、取り消されたくはなかったんだよ、きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます