第5話

 確かになぁ。どうでもいいって言やぁどうでもいいか。

 長髪男はそう言いながら、タバコの火を指で揉み消した。

 そういえばケンジの奴、タバコ辞めたんだってな。喉によくないからとか言いやがって、それでもロックかって言うんだよ。

 ケンジがタバコを辞めていたことに、俺は気がついていなかった。そもそも、タバコを吸い出したのも最近だったしな。それに、ケンジにタバコは似合わなかった。

 俺たちは別に、ロックとかなんだとかって、そんなことには興味がない。バンドなんてさ、楽しんだ者勝ちだろ? ジャンルなんて糞食らえだよ。自分がいいと思えばなんでもありだ。演歌もシャンションも、ホーミーだっていいんだよ。

 なんだよ、それ。

 ホーミーっていうのは正確に言えば歌唱法の一つなんだけどな。なんて、俺はいちいちそんな説明はしなかったよ。言ってもきっと、長髪男には興味がないだろうからな。それに、俺もいまいちよく分かってはいなかった。全てはヨシオから聞いたことの受け売りだからな。

 さてと、午後の授業は昼寝にでもならねぇかな。長髪男はそんなことを言いながら、大きく伸びをして屋上を出て行った。

 俺はもう少しのんびりしようかと思っていたんだ。けれど長髪男が、俺に向かって叫んだんだ。

 早くしろよ! 授業始まっちまうだろ!

 別にいいじゃんか! 俺がそう言うと、そう言うわけにはいかねぇんだよ! いいから来いよ! そうまで言われてしまえば、引き返すしかないよな。授業に戻るのは、億劫だよ。

 ここは基本立ち入り禁止なんだ。長髪男はそう言った。だったらなんでお前はここに入れるんだよ。そう言おうとしたが、長髪男は案外とおしゃべりなんだな。自分から話してくれたよ。


 じゃじゃーん! なんて効果音を口に出し、ポケットから取り出した鍵を俺の目の前に差し出した。

 こいつさえあれば、いつでも屋上に行けるってもんだ。けれど絶対に鍵をかけ忘れちゃいけない。たまにだが、見回りをしているからな。今は忘れちまっていたが、外に出たら外から鍵を閉めるんだ。バレたら俺のオアシスがなくなっちまう。

 有り難いね。俺にその鍵をくれるってわけか?

 俺はその鍵へと、手を伸ばした。一瞬だが、長髪男が女神に見えたよ。

 誰がやるかよ。こいつはな、生徒側が持つ、たった一つの大事な鍵なんだよ。使いたかったら俺のところに来いよ。そしたらいつでも貸してやるよ。

 そいつは嬉しいね。そのときはよろしく頼むよ。俺は素直にそう言った。

 こいつをどこで手に入れたとか、そういうことには興味ないのか?

 全くないってわけではないけどな。どうせ教えてはくれないんだろ?

 長髪男は、中から鍵をかけながら、ニヤついていた。本当は誰かに話したくて仕方がなかったんだよ。後で知ったことなんだが、長髪男はケンジにもその鍵のことは内緒にしていた。俺だけだったんだよ。俺にだけ、あいつは鍵を見せ、語ったんだ。お陰で午後の授業は遅刻したんだけどな。

 まぁ、座れよ。あいつは階段に腰を下ろし、俺を見上げた。ポケットからタバコを出そうとしたが、流石にここではまずいよな。そう呟きながら手を引いた。いちいちと態度が面倒くさい奴だと思ったが、あいつはそういう奴なんだ。自然体の動きができない。なにをしても芝居染みてしまう。オリジナリティのない三文芝居のようなんだ。三文も貰ええるなんて凄いよなって思うのは俺だけか? たったの一文でも、貰えるだけ嬉しいけれどな。世の中には自ら金を払って芝居をする奴らがゴロゴロといるんだから。


 で、どんな大活劇だったんだ? 俺は三文芝居に付き合うことにした。見ている側はイラっとするが、演じている側は案外と楽しいものなんだよな。

 俺のクラスの副担任、奴がこの物語の主人公だ。屋上の管理をしているのは、奴だったんだよ。誰かが悪さをしていないか、見回っている。お前と彼女のように、この階段でイチャつく奴らも取り締まっている。生徒達からは影で巡査と呼ばれ、恐れられているんだ。

 その話は初耳だったが、確かに奴は、学校中を歩き回っている。なんの授業を担当しているのか、俺は当時知らなかった。まさかだよな。あんな図体をして、繊細なんだ。俺は意外と、好きな先生の一人だよ。

 あの日俺は、ここでこうして座っていたんだ。隣はお前じゃなく、可愛い先輩が座っていた。さっきのお前のようにイチャついていたんだよ。俺はまぁ夢中でさ、奴の足音に全く気がつかなかった。おっ、お前らぁー! なんて叫びでようやく奴が目の前に立っていることに気がついたんだ。声の方向にパッと顔を向けた俺は、奴の表情を見て固まってしまった。可愛い先輩は、奴を見て叫んだよ。きゃー! へんたーい! ってな。奴は顔を真っ赤にさせ、よだれを垂らしていた。しかもその視線が、可愛い先輩の下半身に向けられていたんだ。俺は先輩のスカートを捲し上げてパンツの上からお尻やらあちこちを触っていたんだ。はだけたシャツの間にはもう一方の手を突っ込んでいたよ。

 羨ましいとういうより、恥ずかしいよな。俺だって興味はいっぱいだが、学校でなんてごめんだよ。二人きりで時間を楽しみたい。

 奴はきっと、彼女なんていないだろうって思うよ。あの見た目で変態だ。俺ならごめんだな。

 変態かどうかは別として、彼女がいるようには見えない。見た目がどうとかじゃなく、不器用な男なんだよ。奴の良さを理解できるほどのいい女はそうはいないってことだ。もったいないよな。

 可愛い先輩は、奴に向かっていつでも持ち歩いているポーチを投げつけた。突然のことに奴は大慌てだよ。いや、あ、ご、ごめんない。そう言いながら、慌てて階段を降りていったんだ。

 俺はずっと、奴のことを体育教師だと思っていたんだ。身体が大きく筋肉質で、ラグビー選手のようだったからな。ジャージ姿しか見たことがなかった。おまけといったらなんだが、髪の毛は薄く、ヒゲは濃い。まさかあれで音楽教師だとは誰も思わないだろ? しかも専門はクラシックで、バイオリンが得意だ。合唱部の顧問でもあるそうだよ。

 俺は立ち上がり、先輩のポーチを拾い上げた。少し散らばった中身が、そこの踊り場まで転がっていた。それらの全てを、俺は一人で拾い上げたんだ。先輩はずっとそこに座って、俺を眺めていたよ。俺が渡した全てを、乱雑にポーチの中に入れようとしていた。可愛い先輩への恋が冷めた瞬間だった。


 その可愛い先輩が誰なのかは分からないが、長髪男は意外なほどに女ウケが良かった。特に歳上からはよくモテる。なんでだろうな? 見かけに騙されるのは、歳を重ねるごとに多くなるってことだろう。

 こんな鍵、私のじゃないよ。そう言って可愛い先輩が差し出した鍵には、木の板がぶら下がっていた。俺はすぐにピンときたが、先輩は馬鹿だった。なにこの汚いの! そう言いながら投げ捨てようとしたんだ。俺は慌ててそれを制し、ごめんそれ、俺のだったよ。そう言って奪い取り、すぐさまポケットにしまったんだ。木札がぶら下がっているんだ。普通の鍵じゃないってことは想像できる。まさかとは感じていたが、大正解だった。ここの鍵であって大喜びだ。俺はすぐに学校を抜け出し、コピーを作った。そしてその日のうちに、何気ない顔でさっきの階段で落としていきましたよ。そう言って奴に本物を返したんだよ。奴は物凄く喜んでいたな。安心したんだろうな、きっと。ガタイに似合わない笑顔を見せながら、俺に握手をせがんできた。振り解こうにも奴は馬鹿力だからな、俺が痛いですよと言うまで、握った手を揺さぶっては感謝していたよ。さっきのことは見なかったことにする。そうも言っていた。

 なかなかに話し上手だったな。長髪男の意外な特技に、俺は夢中で耳を傾けていたってことだ。

 早くしないと授業が終わっちまうな。俺はさ、サボるのは嫌いなんだ。そう言って長髪男は腰を上げ、教室に戻って行ったよ。なにをふざけたことをって思ったが、俺が口にしたのは単純なお礼の言葉だった。ありがとうな。それだけだ。

 俺もすぐに教室に戻ったよ。すみません、お腹の調子が悪くって。そう言ったんだが、あながち嘘でもなかった。俺は毎日、調子が悪いんだ。お腹も含めた、人生全てのな。

 そんなことを考えながら教室で自分の席を探した。高校生だっていうのに、俺たちの学校では、月に二度の席替えがあるんだ。より多くの人間との関わりが必要だとか言っていたが、四十人にも満たないクラスだ。関わりを持たずに一年間を過ごすなんて難しい、ってそのときは思ったが、じゅうぶんにあり得るんだよな。中学の同級生で、名前も顔も分からない奴は意外と多い。同じクラスになった奴でもだよ。


 俺はふと、ナオミの友達の姿を見てしまった。なんというか、その存在に吸い込まれてしまったんだな。目が合うと彼女は、ニコッと笑って手を振った。俺も手を振った方がいいのかな? なんて考えていると、クラスの誰かが、どこまで行くんだよとツッコミを入れてきやがった。俺は自分の席を通り過ぎていたんだ。そのまま教室の壁にぶつかっていたら楽しかったんだろうな。

 俺はケンジに、ナオミとのデートの話をした。別にいいよとケンジは言った。驚いたよな。その時点でケンジはユリちゃんに惚れていたのにだよ。まったく浮気っぽい奴だ。

 結果、俺たちは四人でデートを楽しんだ。ケンジがユリちゃんを好きだってことはまだ、俺しか知らなかった。その日のデートも、知っている奴はいなかったよ。もっとも、俺もケンジも同級生との時間を楽しんだってだけのことで、恋愛感情のはらむデートのつもりではなかったんだ。それはもちろん、ナオミの友達も同じだった。そういった感情を持ち込んでいたのは、ナオミ一人だけだったんだよ。

 けれどナオミは、さすがはお嬢様だよな。TPOってやつをわきまえている。よくある映画なんかの偽物お嬢様とは違っていた。ケンジや俺が望むお友達ごっこをしっかりと演じていたんだ。ケンジに嫌われてはなるものかとの気持ちさえ、俺には感じられなかった。クラスでの態度とはまるで違っていたが、偽物感はなかったよ。映画などのお嬢さんは、所詮は成り上がり一家だろ? ナオミは皇族とも繋がりがあるっていう噂の名家のお嬢様だからな。

 まずは軽くお茶をして、その後に映画を見て、買い物をしながら街をふらふら歩いて、食事をして帰宅した。初めてのデートなんてこんなものだ。四人ともが楽しい時間を過ごしたって俺は思っている。

 ナオミたちとはその後も二度ほどデートをしたよ。それほどの違いはなく、事件もなく、楽しんだ。カラオケやボウリングで遊んだんだよ。

 だから俺には、ナオミの異変が理解できなった。なにがあったんだって、ナオミの友達に聞いててみたんだ。

 だって、噂になっているよ。ケンジ君、他にも好きな子がいるんでしょ? それなのにさ、ナオミのこと好きなふりなんてしてさ。ちょっと酷いよね。

 俺には彼女がなにを言いたいのかが理解できなった。

 あのさ、放課後に外で会うってのはどう? ここじゃない場所で話がしたいんだ。

 なによ、それ? 愛の告白なら受け付けないわよ。彼女はそういって笑った。俺もつられて大笑いだった。

 とにかく駅まで待ってるからさ。絶対に一人で来いよな。

 俺と彼女は、そんな話をトイレの前でしていたんだ。ナオミの前では話辛いからな。


 俺はその日、バイトを遅刻した。もちろん連絡は入れといたよ。お陰で注意はされたが、怒られはしなかった。

 俺は駅前で、彼女のことを三十分は待っていたはずだ。部活動をしていない彼女がそんなに遅れる理由が分からなかった。

 遅いじゃんかよ。俺はそう言った。

 仕方ないでしょ? こんな所で待ち合わせする方が悪いのよ。彼女はそう言うが、俺には理解できない言葉だった。

 じゃあどこならよかったんだよ!

 せめて横浜駅までは行きたかったわよ。

 なんだよ、それ? 分かるように説明できないのか?

 俺と彼女はそんな話をしながら歩き、電車に乗って横浜駅に向かった。

 タケシ君って、馬鹿なの? それとも天然? なんてことを言われたが、俺には馬鹿と天然の違いが分からなかった。俺は俺だよ。なんて言おうとしたが、それこそ馬鹿っぽいなと思って踏みとどまった。

 私たちもね、そういう風に疑われてるの! 彼女は顔を真っ赤にしながら俯いて、小声でそう言った。

 なんだよそれって、感じたよ。俺にはどうでもいいことだった。彼女との仲を疑われても、俺は困らない。なんせ俺たちは友達だろ? 恥ずかしいことなんてないよ。勝手に思わせとけばいい。そんな感じの言葉を、彼女に伝えた。

 タケシ君って、大物かも知れないわね。彼女は目を見開きそう言った。

 だと思うだろ? なんて俺が言うと、突然冷めた目つきになり、ため息をこぼす。

 私にはね、好きな人がいるのよ。彼女がそう言ったのは、横浜駅の地下にある喫茶店に入ってからだった。上手い紅茶を飲ませてくれる店なんだ。しかも、高校生の客は少ない。通りからも店の奥までは見通せない。身を隠すにはもってこいの店だ。洒落た店を知っているのねって、よく言われるよ。

 誰だよ、それ? 言っとくけどな、俺だって好きな人はいるんだぞ!

 なんでそこで対抗心燃やすのよ! 今は私の話が先でしょ?

 どっちが先かなんて、関係ないよなって思ったけれど、その言葉は飲み込んだ。


 その人に誤解されると困るのよ。タケシ君って、乙女心が分からないのね。なんて彼女が言うもんだから、俺は口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。彼女の顔にはかからなかったが、少しムッとしていた。

 怒るよ!

 俺が一言物申そうかと思っていたら、先に釘を刺されてしまった。

 俺のことを好きな子がいて嫉妬されて困るとかはないのか? ほんのちょっとの期待を込めてそう言った。しかし、彼女は静かに首を振り、こう言った。

 残念だけど、聞いたことないよ。

 そんな言葉をはっきりと言わなくてもいいと思うよな。彼女は、俺に対しては優しくないんだ。

 そいつが誰だか、聞いた方がいいのか? 特に知っても仕方がないが、知りたくはないとは思わない。友達の恋話は、男だって楽しいと感じるんだよ。

 誰にも言わない? 恥ずかしそうにする彼女は、ちょっとばかし色っぽかったよ。その男が誰なのかその時点では知らなかったが、幸せ者だと思った。まぁ、まさかの名前が飛び出しときは驚いたけれどな。嫉妬はしなかったが、どうしてって感じた。接点が分からなかったからな。けれど同時に、そいつは嬉しいことだとも感じたよ。

 ヨシオ君って、素敵じゃない?

 その言葉には思考が止まるよな。ヨシオはいい奴だし、俺は大好きだけれど、今までにヨシオのことが好きな子がいるなんて話は聞いたことがなかった。まぁ、俺も同じなんだけどな。

 けれど、俺とヨシオとでは決定的な違いがある。俺は女子にモテたいと常日頃から思っているけれど、ヨシオは違う。興味がないわけではないんだろうけれど、今はその暇がないよ。なんていつも言うんだ。好きな子がいたって話も聞いたことがなかった。

 私とじゃ、不釣り合いかな? 真剣な眼差しを俺に向け、前のめりに彼女がそう言った。俺はとっさに首を振る。無意識だったよ。

 ヨシオはいい奴だよ。なんせ俺たちの家族だからな。紹介してやりたいけど、そういうのよりさ、自分で接点を作った方がいいだろ?

 俺の言葉に、やっぱりタケシ君は馬鹿だね。そう言った。

 なんだよ! 自分一人じゃ告白もできねぇのか? 小馬鹿な態度でそう言った。

 タケシ君ってさ、私がなに部かとか興味ないでしょ? 帰宅部だとか思っているんじゃない?

 確かにそうだ。彼女はいつも放課後教室でおしゃべりをしている。朝だって特別早くに登校している様子は感じられない。違うのか? 俺はそう言った。きょとんとした表情を浮かべてな。

 本当に天然なんだから困るよね。私も放送部なんだよ。

 少しふくれ顔で彼女はそう言った。

 ヨシオと一緒なのか? だったら自分でなんとかすればいいだろ? 俺を頼るなよ。

 はぁ? なに言ってるのよ! 私は一つもタケシ君にお願いなんてしてないわよ。彼女はそう言いながら机をドンッと叩いた。周りの視線が突き刺さる。

 確かにそうだな。俺はそう呟いた。だったら俺たちはここでなにをしているんだ? 本気で全てを忘れていた。


 タケシ君が私を誘ったのよ!

 そうだった。俺が彼女を誘ったんだ。

 きっと、ナオミのことでしょ?

 そうだ。ナオミのことを聞きたかったんだ。ケンジとの間に、いったいなにがあったんだ? 俺の知らないことが多過ぎた。

 ケンジ君に好きな人がいるのって、ずっと前から知ってたの?

 彼女の言葉に、俺は頷いた。

 いつから? ナオミとデートする前から?

 なんだかおかしな感じがしたよ。聞きたいことがあったのは、俺のはずだったんだ。

 俺が知ったのは、入学して一週間後くらいだな。あいつは初日に惚れたって言ってたけれど。

 本当に? なんて彼女は驚きの声色でそう言った。

 ケンジのことだから、特別隠してたりはしていないはずだろ? あいつの感情は常に溢れている。

 けど・・・・ なんだか彼女は困った表情を浮かべていた。

 学校のみんなは、単純にちょっとクラスで浮いている子に優しくしているってだけだと思っていた。最初はな。あいつはいい奴ですキャラを自然と身に纏っている。だからなのか、勘違いされることも多いよ。けれど、ケンジのユリちゃんに対する態度は特別だった。そこに恋愛感情があることは誰の目から見ても、次第にではあるが明らかないなっていったんだよ。

 初めてのデートは七月の頭だったんじゃないかと記憶している。最後のデートは夏休み中だったしな。俺の見た感じではあるが、すでにケンジがユリちゃんを好きだってことはバレバレだったはずだ。少なくとも同じクラスの奴らは気がついていたはずだよ。

 好きな子がいるならさ、ちゃんと言いなさいよね! 少しの間をおき、彼女がそう言った。なんだか今度は怒っているように感じられたよ。

 あのさ、デートって言ってもさ、友達同士のデートだろ? 俺にだって好きな子はいるしさ、お前にだっているんじゃねぇかよ。なにも悪いことはしていないだろ? そんなことでナオミは怒っているのか?

 それは・・・・ なんて彼女は口ごもった。


 それよりさ、なんでナオミはケンジを好きになったんだよ。一目惚れだとかは勘弁してくれよな。

 そうじゃないわよ。詳しくは聞いてないんだけど、ケンジ君はナオミの王子様なんだって。やっと出会えたって喜んでいたんだから。

 なんだよ、それ? 一目惚れよりひどいな。妄想ってやつか?

 違うわよ。それを言っていた前の日、足首を捻挫してたから、それと関係あるのかな? 聞いても教えてくれないのよ。なんで怪我をしたのかもね。けれどきっと、その怪我をしたときに、ケンジ君に助けてもらったんじゃない?

 そういう話なら、ありそうだって思ったよ。ケンジは困っている誰かを見ると、自然と手を差し伸べるんだ。嫌味がないから、誰も拒否なんてしない。ナオミには悪いが、同じような出会いでケンジに恋をした女子を俺は大勢知っているよ。羨ましいよな。俺なんてさ、転びそうになっていた女子を抱きとめたら、きゃー! なんていう悲鳴を上げられてしまったことがある。そんな話を彼女に言うと、その気持ち、よく分かるわ、なんて言いやがった。

 それが急に嫌いになったってことか? ケンジは別にユリちゃんとは付き合っていないんだし、ナオミとも恋人ってわけじゃないだろ? 自由にしてればいいじゃんかよ。それともなにか? ケンジに好きだって告白でもして振られたのか?

 それはないと思うわよ。むしろその逆みたいなのよ。もちろんナオミはケンジ君を振ったりはしていないけど、好きだって言われたって言ってたわよ。まだ返事はしていなくて、夏休み明けに言おうとしたら、ユリちゃんだっけ? その子の噂を聞いたのよ。それでショックで、タケシ君にもあんな態度を取っているってわけ。

 なんだ、そんなことか?

 そういう言い方はないんじゃない? あれでナオミは真剣なんだし、好きだって言われて物凄く喜んでいたのよ。

 いや、それはさ。きっと、ナオミの誤解だよ。好きだって言われたって言っているんだろ? どうせさ、ナオミから私のことどう思っているの? なんて聞いたんだろ?

 それのなにがいけないのよ!

 別にいけなかぁないよ。たださ、そうやって聞かれれば、ケンジは好きって答えるだろうな。この曲知ってる? 好き? なんて聞いているのと同じなんだよ。ケンジにとってはだけどな。

 このとき喫茶店の中では、俺が大好きなバンドの曲が流れていた。落ち着いた店内には似合わない、ギターやサックスやらの音が入り乱れていたよ。

 それとこれとは違うでしょ?

 違わないのがケンジなんだよ。友達同士の好きってあるだろ? 俺はケンジのことが好きだし、お前のことだって好きだよ。だけどさ、恋人として好きなのとはちょっと違うんだよ。

 なによ、それ・・・・ よくそんな恥ずかしいセリフ言えるわね。

 バッカじゃないのっていう続きの言葉を待っていたが、飛んではこなかった。


 ところでタケシ君の好きな人って誰のなの?

 突然そんなことを聞かれると困るよな。中学の後輩だと、それだけは言っておいたよ。名前なんて言っても分かるはずないしな。あの子は有名人じゃないんだよ。今のところはな。

 とにかくさ、今まで通りってわけにはいかないのか? 最近のナオミの態度、あれは流石にいただけないだろ? 俺だけじゃないぜ。クラス中の男子に嫌われちまう。

 うーん・・・・ どうしたらいいんだろうね。

 そんなの簡単だろ? ナオミがタケシに告白すればいいんだよ。それで振られてお終い。元通りだろ?

 俺はそう言ったが、ケンジのことだから、ありがとうなんて言葉を放ち、ナオミを怒らせちまうんだろうな、きっと。もちろんそんなこと、彼女には話さなかった。

 俺と彼女はちょっと寄り道をして、それぞれの家に帰って行った。どうなるんだろうなって思ったが、どうにもならなかった。ナオミはその態度で俺を避けていたが、それ以外では普通だったよ。まぁ、男子からの人気は減っていたが、それは仕方がない。学校でのあいつは、ちょっとばかし傲慢なんだ。市民に紛れたお嬢様だ。市民との生活にはストレスがかかるんじゃないのか?

 ナオミがどうして俺たちと同じ学校に通っているのか、不思議に感じることもある。確かにこの辺りでは頭のいい学校だが、所詮は公立だよ。私立には立派なお嬢様学校だってあるだろ? って思っていたが、まさかの理由があるのも、人生ってもんだ。


 お前たちも文化祭に出られたらよかったのにな。なんて話しかけてきたのは長髪男だった。

 知っているか? 本当は枠が余っていたからさ、お前たちを呼ぼうって話になったんだよ。どうせつまらない音楽だろうって先輩たちは言ってたけどな。なんせ女子が二人だろ? なんて笑っていたよ。言っとくが、俺はそんこと思ってないぜ。お前らを推薦したのも俺だしな。

 文化祭が終わってから一ヶ月は過ぎていたはずだ。寒さが厳しくて、息が白くなる。長髪男は、小便から湯気を立たせていた俺にそう言ったんだ。まぁ当然、奴の小便からも湯気は立っていた。

 俺たちは別に、気にしちゃいなよ。どこか路上でもいいし、演らせくれるを場所を探してるところだからさ。そのときは是非、見にきてくれよな。

 あぁ、楽しみにしているよ。奴のその言葉は背中で聞いていた。俺は手を洗い、教室に戻ろうとしていたんだ。寒い日は、教室のストーブに当たるのが幸せなんだ。

 ちょっと待てよ! なんて奴の言葉に振りむいてしまったのがいけなかった。まだ話したいことがあるんだと言い、ちょっと来いよと誘われた。正直言って、冬の屋上は最悪だ。どこか別の場所にしてほしいものだよ。

 奴はいつも通りに鍵を開け、タバコを吸う。俺はあの日以来、何度かここに来ている。しかし当然、タバコなんて吸わないよ。

 どうしてお前たちが出られなくなったか、知りたくないか? 奴はしたり顔でそう言った。興味はなかったが、頷いといたよ。

 お前のクラスにナオミっているだろ? あいつが圧力をかけたんだ。詳しい理由は分からないが、俺と先輩がお前たちの名前を出してたのが耳に入ったんだろうな。突然大声で、ケンジの奴! なんて叫んでいたんだ。後ろ姿しか見えなかったが、あれは間違いなくナオミだった。声も聞いているんだ。間違いないだろうな。

 だとしてもさ、ナオミが圧力をかけたっていうのは意味が分からないだろう。あいつにそんな権力はないだろ? 実行委員でもないんだしよ。

 お前はなにも知らないのか? やつは俺をバカにする。鼻で笑うなんて失礼だよな。

 ナオミの背中を見た五分後、慌ててうちの顧問がやって来たんだ。部室になんて滅多に顔を出さないんだけどな、真っ青な顔でやって来てさ、部員以外は絶対に文化祭に出させるなよ! それだけを言って消えて行ったんだ。

 それとナオミと同関係があるんだよ! 悪いけどさ、俺はナオミを信じるよ。

 お前は馬鹿な奴だな。奴にまで馬鹿呼ばわりされるなんて、俺は本当の馬鹿なのかも知れないって感じてしまった。高校に入学してから、俺は幾人もから馬鹿と言われている。

 ナオミがお嬢さんだってことくらい知っているだろ? ナオミの父親はな、この街の有力者なんだよ。ナオミの父親が一言なにか言えば、この学校の先生なんて即刻クビになる。政治家だってナオミの父親には逆らえないって噂だよ。

 なにが有力者だよ。そう思ったが、口にはしなかった。そんな言葉、三流映画の登場人物しか口にしないよな。下ネタ以上に恥ずかしい言葉だ。

 それが本当なら、クビにして欲しいもんだよ。俺はそう言い、屋上を出て行った。

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