▲9九奮迅《ふんじん》まで、八十一手にて鵜飼七級の勝ち

 終わった。


 夕暮れに染まりつつある新宿駅の南口の外階段辺りで、僕は改めてのその思いを噛み締めている。


 いろいろあった。時間にしては約二か月あまり。その六十数日の中に、僕の人生十八年間のうちの、八割くらいが凝縮されていたかのような、そんな感覚。いや、それは言い過ぎか。でも……そのくらいの経験をした。させてもらった。


 <……皆の衆、よくぞ、よくぞやってくれたぞぁぁぁぁっ!! まさかのまさかのっ!! 根絶決着とはうはははは、私も鼻が高い>


 嘉敷カシキ博士のそんな場をわきまえることを知らん要らん通信が入って来るけど、この人が疎まれ省かれているる実情が垣間見えた感がして、しばし僕以下全員、真顔にならざるを得ないのだが。


「……」


 六人は、誰ともなく集まって、円陣を組むように円く対峙している。


 マスクを外した皆は、一様に疲れた顔だが、それでも浮かぶ笑顔に、つられての笑顔になってしまう。そんな連鎖。


「……ありがとう」


 僕はと言えば、それだけの言葉を絞り出すので精一杯だった。それ以外の言葉は出てきそうも無かった。


「……これから、世界も変容するかもねえ。『ダイショウギレンジャー』も、お役御免な世界となるわけだ。何だか、寂しいような気もするけどね」


 波浪田ハロダ先輩から、そんなセンチメンタルな、シメ的な発言が飛び出すとは思わなかった。でも、気持ちは分かる。すごい分かる。


 と、崩れるようにして、その可憐な顔を歪めて、


「……わたしっ、わた……わたし、離れたくないっていうか……みんな、みなさんとまだ一緒にいたい……いたいですっ」


 ナヤさんが嗚咽混じりで膝を折ってうずくまる。


 その言葉に、少ししんみりさせられてしまう僕。沖島オキシマも、ミロカさんも、その瞳には輝く何かがきらめいているぞ。でもそこに、


「ええんちゃう? 別に離れなきゃいけない理屈はないやろ。つながってたらええやん」


 ナヤさんの肩を抱きかかえ立たせた、フウカさんの軽やかな声が響き渡る。この人はほんとぶれないな。清々しいほどに。……みたいに安心しきっていたら。


「そ、それに……私としてもぉ……気になるヒト、出来たみたいだしぃ」


 フウカさん? 僕の顔向けて、わざとらしい熱い視線を送って来るけど、違いますよね? あなたは取り敢えずの「シメ」的なものを欲しがってるだけだ! 知ってんだ、僕知ってんだ!!


「……最終局、私……鵜飼ウガイさんに共感できることだらけで……全部を込めて全部に相対するっていうか、その考え方、姿勢に、すごい感じるとこあって……」


 あっるぇ~? 熱視線は黄色の側からも注がれて来ているけど、これが作為的なのか天然なのかは残念ながら判別できなかった。大丈夫? ナヤさん? と思う間もなく、


「え……? モリくんは」

「と金は」


「「……私に惚れてるみたいだけど?」」


 出たよ、ピンクと紅。絶対面白半分で乗っかってるだろ。でもその悪戯っぽい表情は双方、非常に魅力的なわけで。ああ、もう僕の頭の中は混沌で満たされていくよ……


「……彼はねぇ、とどめに『金飛車』を選んだのよっ!! つまり、わ・た・しってことっ」


 そしてトドメを刺すかのように黄色い声のパイセンッ!! 完全に入りやがったな!!


 ……皆の期待の視線が僕に集まっている。勘弁してくれよな無茶ぶりだったが、みんな笑顔だ。僕もさっきから顔が崩れそうになるのを必死で抑え込んでいるわけだが。


 ……じゃあまあ、シメを放ちますか。最後くらいは僕にスポットが当たってもいいでしょう。そんな滅裂ではある考えを浮かばせながら、僕は植え込みの一段上がったところによいしょとよじ登る。そして、


「は、ははハーレムなんてッ!! ま、まっぴらごめんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」


 そこから、とうっという掛け声と共に、高々としたジャンプ一発。そして最高到達点でキメ顔アンドキメポーズ。


 百点満点中、二十六点くらいのシメだったとは思うけど、みんなの笑顔が、やっぱりの大団円なわけで。泣きながら笑いながら、僕らは互いを抱き締め合う。



 ……こうして、「博士」との遭遇から始まった諸々のことは、終わりを告げた。


 終わってしまったのだが、それをそれぞれ胸に抱いて、それぞれの人生をまた、歩み出すのだろう。


 人生を将棋に例えるのならば、僕らはまだまだ序盤戦。駒組みすら終わってない、無秩序で未完成で……無限の可能性を秘めた局面の真っただ中にいる。


 これからだ、これからやってやるんだ的な思いがいつも、胸の奥底を流れ揺蕩っているように感じるように、僕はなっている。いつも、いつだって。


 今でも肌身離さず持っている、光を失った「ダイショウギ×チェンジャー」を見るたび感じるたび、僕はいつでもそう思う。

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