△6七奔鬼《ほんき》

 事態ののっぴきならなさに、さらに油というか常温で気化する系の発火燃料を注ぎ込んでしまった僕は、意味合いの違う窮地へと落とし込まれているような感覚を全身で受け止めつつある。


 星々が舞う異空間。さっきのとは違う、嫌な沈黙が場を覆っているが。


「ととともかく、貴方がここにいる。ということは、僕らの敵?」


 状況を整理しようと何とかままならない言葉を紡ぎ出した僕だが、途中から間の抜けた疑問系になってしまう。何故。


「……二次元人の侵攻を邪魔だてするなら、すなわち敵ということになるね」


 先女郷サキオナゴウは、相変わらずの余裕の体でそう軽やかに言い放つ。棋界の第一人者も一人者が、異次元からやって来たヒトならざる者だと? 突拍子が無さすぎるその事実に、僕も遅まきながら嚥下困難的な実感がようやく湧いて来た。


「いつから……成り代わったんだ?」


 シリアスモード継続中の波浪田ハロダ先輩が、きんきらきんの目に来る全身金色スーツのいでたちで、眼前の先女郷にずいと迫る。なるほど入れ代わり……本物の先女郷九冠とすり替わったと。そう考えた方が、何となく腑に落ちる気がする。しかし、


「私は生まれ出でた時から私。そして生まれた理由は、いま、この時のためだ」


 人智を超えた物言いに、流石の僕も真顔気味に移行しつつある。だが、このヒトの言っている世迷言が真実であったなら。


 ……非常にまずい事態なのではないだろうか。


「ふふ、驚愕で頭が回っていないようだが、大丈夫かな? ここまで攻め込まれた以上、こちらとしても『本気』を出さざるを得ないからねぇ」


 先女郷が、こちらを見下したかのような、初めて感情の通った表情を見せる。確かにこっちの面々は固まったままで、次の対応が出来そうな状態にない。「将棋」に身近に接してきた分、驚愕の度合いが僕とは段違いに違うのだろう。


 ……だが、もう受け止めなくちゃあ、ならない。


「みんなっ!! 僕に……続け。敵の『王将』を討ち取れば、全てが終わるはず。目の前の人物が誰であれ、ここまで来たら躊躇してる暇なんてないはずだっ!!」


 僕の、精一杯の言葉は、皆に届いてくれただろうか。一瞬後、


「……そんなことは分かっている。と金……お前の非国民的な発言に戸惑わされていただけだ」


 僕の背後から、落ち着いたミロカさんの声が。しゃらり、とその雄々しき両翼が健在であることも音で判る。良かった。立ち直って……いる?


「……ま、『非国民』なんは、実はあちらさんの方でしたっちゅう、あま笑えへんオチがついたんやけど、私は案外そういうの好きやで」


 どこか笑いを含んだかの口調でフウカさん。いつものペースが戻ってきてる。


 よし。臨戦態勢は整っている。相手が誰だろうと何だろうと関係ない。第2ラウンドの……開始だっ。

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