△6五左将《さしょう》

 右から、左から、さらに奥から。


 湧き出してくる敵駒たちを、一息一刀両断×5くらいに裁いて、僕と「獅子」の疾走は止まらない。爆散する駒の破片も払いながら、息せき切って先を目指すことだけに集中している。


「金飛車……放て」


 その上空。よく分からない凪いだテンションへと移行した波浪田ハロダ先輩は、金色に輝く一畳くらいの「飛車」に結跏趺坐したまま、四方八方に謎の金色のレーザーを撃ち放っており、


「アアアアアアアアアアッ!!」


 ナヤさんは、もはや人間の叫び声とは思えない、超高音域の愉悦に彩られた嬌声を上げて、跨った「黄色の豹」と共に、群れ為す黒い五角形の頭部分を次々と噛み砕いていっており、


「4八銀……3三桂……3二香」


 冷静に、現れる敵の座標を、そのすぐそばを滑空しているミロカさんの「鳳凰」に伝えている沖島オキシマと、それを先読みして「羽」の一部をミサイル化させたミロカさんの絨毯砲撃が敵陣の一角を消し飛ばしていっており、


「『流山……鯨飲ゲイインって馬謖バショク斬る準備は出来ていた』」


 既に技名なのか、酔っぱらいの戯言なのか分からないほどのパワーワードが、「鯨」の背中でその魅惑の双球を弾ませているフウカさんから発せられ、何かよく分からない力場が発現されるやいなや、場の敵駒が一斉に吹っ飛んだりしていた。


 そんな混沌。かつてない混沌だが、それだけに相手方は対応しきれていないようだ。黒い群れのそこここに、隙間が生じているように見える。


「……!! ……!!」


 先ほどまでのジリ貧気味もどこへやら、押せ押せなムードが僕ら側に舞い降りて来ていた。いける……っ!! いや、いってやる!!


 奥へ……っ!! 奥へ……っ!!


 正面一点に対象を絞って喰らい屠り、それを一直線の推進力に代えて最奥を目指していく。トンネルのように狭まってきた空間の先に、これまでここの空間では見かけなかったような、眩い青白い光が瞬いていた。何だ?


「!?」


 いきなり、眼前の敵駒の群れが左右に割れる。本能的に何かやばい空気を感じた僕は、跨った「獅子」にも意を即座に伝え、急制動でその場に踏みとどまるが。


「……」


 一瞬の静寂。その後で、駒たちの群れの中から音も無くこちらに進み出てきた人影、いや、青白い光を全方位に向けて放っている「人間」然とした姿が、宙を浮いて滑るように現れ出て来た。いや、本当に人間なのか?


「……ええ!?」


 驚愕の声は、他ならぬ空駆けていた「鳳凰」……ミロカさんの口から放たれたのだけれど。いや、驚くよね。「二次元人」じゃなくて「人間」なんて……それも捉われていたとかの雰囲気はまるで無くて、いたって自然体でその場に浮遊してるなんてね……


「なん……でだ?」


 しかし波浪田先輩の、普段は出さないような真面目に困惑している声とかも聞くと、事態ののっぴきならなさは僕の想定以上のことなんじゃないかと、少し不安になってくる。


「……」


 僕の左隣まで、何かに憑かれるようにしてにじり出てきた沖島に至っては、頭を覆うマスクだけいつの間にか外していたが、目・口をこれでもかと開いて、言葉を発することも出来ていない。


 いったい、何がここまで皆を驚愕させる?


 僕は改めて、正面で不敵な笑みを見せる「人間」に向き合う。

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