▲5一奔鷲《ほんじゅう》

 「対局」は終了した。


 「鳳凰ほうおう」の速攻攪乱、「盲虎もうこ」の沈着戦術に「獅子しし」の問答無用の反則級能力。この三つが相まって、一方的なボコり将棋は僕ら「人類」の圧勝と相成ったわけで。


 取り込まれた暗黒空間から無事、現実への帰還を果たした僕らは、何事も無かったかのように再び通学路へと降り立つ。地球の重力をこうまで意識させられるのもこれで2回目。この重力感こそが、僕の意識も何とか現実へと繋ぎ留めている気がして、不思議と落ち着く自分がいる。


 僕らの他に引き込まれていた一般の方5人も、無事帰還したことを確認する。めいめいが呆けた顔で辺りを見渡しているけど、速攻決着だったから、そこまでぴんと来てない様子。それならそれで全く問題は無い。ともかく今回も無事に終われて良かった。そしてこの流れに乗じて、ミロカさん発の諸々は、本日は避けられるのでは、との希望的観測が脳裏をよぎる。


 僕の他の面子3人は場慣れしているのか、地上にふんわり着地してからは、すぐさま先ほどの続きかのように歩を進め出すのだった。と、


「いやぁ~流石はミロカくん。『モリアーゲミスト』の奴らでも右辺は速攻破れそうな勢いだった~あぁ、ミユくんの指し手指示も澱みない最短手筋でいやぁ~残念ながら僕の手番は回って来なかったねぇ~」


 波浪田ハロダと呼ばれていた金髪先輩が、またもや白々しいほどに軽薄な口調でそう感想を述べるが、あれ、貴方いましたっけ?


「……モリくん、『レンジャー』の一員だったんだ。しかも『獅子』って、すごいね」


 しれっと平常の姿とテンションに戻って沖島オキシマはそう語りかけてくるが、「レンジャー」って。荒唐無稽のあの戦隊をそんな普通名詞にまで落とし込めてるキミの呑み込み具合と、現実/異世界を器用に切り替えられるスイッチを持ってることの方が脅威なんだけど。そして、


「……」


 問題の御方は、少し乱れていた髪を指で軽く梳いてからは無言だ。しかしその華奢な体から放たれている強烈なプレッシャーは、すぐ左隣を歩く僕にはぞんぞん伝わってきている。でも今回ばかりは大将首を上げる活躍をしましたよ? 何とかっていう先輩よりはずっとチームに貢献したと思われるのですが。と思っていたら。


「と金とミユはその……どうゆう関係……?」


 ああー、そっちか! やっぱりそっち方面からは逃れられないか……と僕が諦めながらも大脳をフル回転させて、誤解が生じないようにそれに向き合おうとしたところ、ミロカさんの後ろから、沖島が例の軽やかな声で説明をしてくれる。


「幼馴染よ。小さい頃から同じ将棋教室に通ってて、保育園も学校もずっと同じ」


 そうそう、いま現在歩んでいる道はかけ離れているが、ルーツは一緒ってこと。改めてそう実感させられると、現況に息苦しさも感じてしまうのだけれど。


「なるほど……互いの棋風も把握しているということ……だからこそあれほどの連携が見せられたと」


 ミロカさんの妙に硬い口調が気にかかるが、納得されたのでしたら何よりです。しかし、だった。


「そうそう、モリくんの性格とか手筋とかは、ほとんど把握してるんだ。ちっちゃい時から、ずっと見続けてきたから」


 邪気なく続けられた沖島の言葉は、ミロカさんの精神的な何かを、見て分かるほどに揺さぶったようであり。


「……モリくん、小四でサッカーの地区選抜に選ばれたんだよ? トップ下で前線に的確に繋いで、銀みたいに攻めて金みたいに守って、3得点に絡む正に獅子奮迅の活躍! 決勝での躍動する姿、今でも胸に残ってる……」


 サッカーは将棋との相似性が認められるということで(それほどか?)、唯一お上が推奨しているスポーツであり、僕も小学一年の頃から地元のクラブに入ってそこそこ活躍していた。楽しんでやっていたのは事実だ。だがやはり「文武両道」という名の厳しい制約があって、棋力が圧倒的に及ばなかった僕は、中学に上がる前に退会となった。それきりサッカーには見向きもしていない。


 いや、そんな哀しいバックボーンは今いらないか。それよりも遠い目をしだした沖島のこの天然色の覇気のようなものが、更なる波濤を呼び寄せそうな、そんな嫌な予感が僕の脊髄を駆けのぼってきている。


「要するに、ミユはこのと金に対して、今どのような感情を持っている?」


 硬い構文口調のまま、ミロカさんはそう藪蛇というか、蛇自身が棒と化して藪から突き出て来るみたいな、そんな質問を発するけど。流れとしては非常にまずい気がする。そして、


「……片思いなの」


 恥じらいながらの威力高い言葉はしかし、それ本人を目の前にして言うか? 


「……ほう」


 ミロカさんにより放たれたその二文字に、彼女の全感情が押し込められてその圧でブラックホールが発生してしまいそうな時空間が展開されていくことを肌で感じ取った僕は、その真っただ中、さらに言うなら中心核に自分が存在していることを薄々知覚し始めているが、だからと言ってどうすることも出来ない。

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