△5二水牛《すいぎゅう》
「ミユ……非常にすまないことだが、昨日……と金は私に愛を告白した」
何でミロカさんの口調はのっぴきならない場になればなるほど、定まらなくなるのだろう……と、当事者から傍観者へと華麗にシフトしてこの場から離脱出来ないかと無駄なあがきを試みる僕であったが、がっつり世界の中心に僕はいた。
あのあれを「愛の告白」と受け止められていたことを再確認し、何とか誤魔化し逸らすことは出来ないもんかと、大脳演算能力を極限まで高めて最適解を求めるものの、妥協的な案すら出て来ない。そして、
「愛……告白……」
言葉の意味を考えているかのような
「……それは何かの間違い、ねっ?」
爽やかにそう言い切る沖島。や、やりやがった、これが天然色……明らかな確信犯的切り返し……詰めろ逃れの詰めろを秒読みに追われる中やってのけた、いつかのこいつの逆転局を思い返させるような鮮やかな手筋……いや鮮やかでどうする。
「『何かの』? 『間違い』? だと?」
徐々に周りの空気が、あれまた「イド」じゃね? と思わせるほどの緊迫感と重力を孕んでいく。自販機すら無い、何も変哲もない住宅街を走る道が、がらりとその様相を変えたかのように思えた。そして何の変哲もないことが、幸せだったのだとも思ったりもした。
僕を間に挟んで相対し睨み合うミロカさんと沖島。何で……何でこんなことになってしまったんだッ……!!
「ちょうどいい。と金、この場で答えを今いちど、突きつけてやれ。そうすればこの将棋バカにも一手詰めのように瞬時に正解がわかることだろう」
もはや隠しようもない敵意がにじみ出てきているよ。眼力で殺せそうなほどの形相でミロカさんはそう絞り出すように言うけど。対する沖島は不気味なほどに凪いだ微笑を浮かべているだけだ。それはそれで恐ろしさはフィフティフィフティであるものの。
「モリくんモリくん? 大変だったね、こんなナチュラルメンヘラにつけこまれて? でももういいんだよ、本当の自分を出して? そうすれば必ず楽になれる、は、ず」
恐えよ。どちらかというとナチュラルなのはお前の方だよ。場は完全に煮詰まった。両王手、しかもどうみても詰んでる。誰か……誰か僕に、この場を乗り切る力をくれッ!
「……」
万策尽き、天を仰ごうとした僕の視界に、今まで完全に存在と気配を殺していた
高三のミロカさんから「先輩」と呼ばれる先輩って、いったい本当はいくつなんだろう……という詮無い思いを吹き飛ばすかのように、その口は満を持して開かれ、力強くひとつの解を示すのであった。
……両王手、逃げるべからず、だよぉぉぉだよぉぉぉだよぉぉぉ。
諭されたかのような、そのエコーがかった分、より恐ろしく軽薄に聞こえる言葉に、だがしかし、僕は途轍もない勇気をもらった気がした。
僕は「獅子」。例え両王手をかけられようとも、そこから覆すことの出来る常軌逸脱、超越した駒なんだッ……!! 「詰み逃れの詰み」、見せてやる。
「ミロカさんっ、沖島っ!!」
僕の真摯な呼びかけに、魍魎的な顔つきをしていた二人の表情が、普段の美麗と平凡なそれに戻る。そして、二人の熱を帯びた視線が、この僕に集中する。今だッ!!
「二人共、ダイ、好キデソォォォォォォォォッ!! 二人共、二人共ニィィィィッ!! 我ガハーレムニ、入ル権利ヲ与エルデ候ォォォォオオゥッ!!」
渾身の一手はしかし、マイナス270℃付近まで、場の熱を奪い去ってしまったかのようだった。真顔に転じたミロカさんと沖島が、目顔で何かを通じ合い、頷き合っているが、ここまで来たらもう行くしかない。
「チョ~ォキョっキョっキョっ、集えよそしてさあ! 築こうぞ、我の『ダイヤモンド美濃』ふすきっ」
そこまでだった。ミロカさんの高い打点の右ハイを鼻下の人中辺りに、沖島の結構腰の入った右ローを膝裏に同時に受けた僕の体は、伸び切って衝撃を逃しようもないまま、中空にてびくびくと蠢いていた。
見事なツープラトン。そう、これでいい。僕ひとりが憎まれることで、チームの団結が図れるのならばッ、そしてこの世の平和が守れるのであればッ……去り行く二人から汚物を見るような目で見られながらも、僕は波浪田先輩とグッジョブサインを交わし合う。これも男の団結。
そしてここから、激しい戦いの日々が幕を上げるのであった。
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