▲3九鳳凰《ほうおう》

「……『獅子』ならば、なぜ戦場を縦横に駆け巡らん? なぜことごとく後塵を拝す?」


 ミロカさんが竹刀を掌にぱしぱし当てながらそう尋問を続けてくるけど、これあれだ、説教だ。ここは説教部屋なのかー、と薄々僕は感づいたものの、だからと言って何をすることも出来ない。出来やしない。それに、


「……トクト教官の問いにはァァァァッ!! 迅速かつ正確に答えよォォォォッ!!」


 その隣から素っ頓狂な甲高い声を被せて来る、さらさら黒髪ポニーテールの少女。何も喋らなければ、たぶん図書委員とかが似合いそうな、大人しげな佇まいなんですよ? それなのに僕が返答に詰まるごとに、顔にこれでもかと力を込めて、僕をハイトーンボイスで面罵してくるのですよ?


 ……もう帰りたい。バカにされようとカモにされようと、もっと平常な日常に戻りたい。


「……その馬鹿げた『バネ』を付けてたから、動けませんでしたとかは言い訳にならんぞ」


 その口調もどうにかなりませんかね。でも据わっている目を見ると、そうも切り出せないし、切り出しても何の益もないので、僕はじっとこの嵐が過ぎ去るのを待つ構えに入る。


 しかしそれを見越したのか、ミロカさんは多分意図的に、僕が張って少しみみずばれになってしまっている左頬をぴくぴくとさせながら、笑ってるんだか怒ってるんだか、ちょっと判別できない表情を左右アシンメトリックに浮かべ、僕に竹刀を突きつける。


「……私には閃光のような一撃を放てたというのに? 最下等の『駒』たちには逃げ腰で? 何も出来ませんでした?」


 うっすら浮かべた笑みが本当に怖い。ミロカさんは僕の眼前に顔を近づけると、息を吸い込んで力を溜め始める。来るぞこれ。


「……そんなことがあぁぁぁるかぁぁぁぁぁぁっ!!」


「あるかァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 左右の至近距離から思い切り怒鳴られた。もう勘弁してくださいよ。


「……はたいてしまった事は謝ります。すいませんでした」


 抑揚のない声で謝罪したのは、最悪手だったのかも知れない。


「なぜ謝る? 私にこれしきの貧弱な打擲が効いたとでも? ……自惚れるんじゃあなぁぁぁぁぁぁいっ!!」


「このうすら『と金』がァァァァッ!! 身の程をわきまえろォォォォッ!!」


 ダメだ。ああ言えばこう言うの泥沼スパイラルにもう両脚共に突っ込んでるわ。そろそろ移行し始めてきた諦めの境地に、僕はしかし、少しは反抗してやろうという気分に肝が座っても来ていた。何故ここまで罵倒されなけりゃあならないんだ。


 子供たちを巻き込もうとしたことは本当に許し難かったことだし、それにもう僕には失うものなどない。最後にしっちゃかめっちゃかやってやろうっつうの。


 少しやさぐれた顔つきになった僕を見て、ミロカさんとその隣の少女は少し戸惑った顔つきで一歩引く。


「……何だ、その反抗的な目つきは。言いたいことがあるなら言っておけ」


「言えェェェェッ!!」


 ならば、言う。


「……ミロカさん、あなたのことが好きです。好きだから……好きだからッ!! あの時、思わずはたいてしまったんだッ」


 一瞬、えっ、と声を漏らし、流麗な少女の顔に戻ると、今度は見て分かるほどに顔を赤らめるミロカさん。よし、僕のこの支離滅裂さ加減に着いて来れていない。


「な、なにいって……」


 ここだ。ここが責め時。将棋の指し手に関しては全く先見えのしない僕だが、ことこういったテンプレやり取りが通じる相手にならッ、腐るほどの手筋を持ち合わせているぞッ!!


「ひと目会ったその日からァァァァッ!! 恋の花咲くこともあるゥゥゥゥッ!!」


 ミロカさんの隣で、きゃあと両手で口を覆うジャージ少女。先ほどの彼女ばりの絶叫が、小部屋の隅から隅へ反響していく。完全に頭外れている人間の世迷言だが、この希少種ツンデレには、これが効くとみた。貫けぇぇぇぇっ!!


「ば、ばっかじゃないのっ!? あんたなんか、あんたなんか、ただの筋肉バカじゃないのよ!! そんな脳筋で苦し紛れの妄言こいてぇぇぇ、こ……の、痴れ者めがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 あれ、ちょっと間違えた? 反応的には良さそうに思えたものの、顔を真っ赤にして歪めながらも、ミロカさんは竹刀を両手に保持した瞬間、閃光のお突きを鋭い踏み込みと共に、僕の喉元に撃ち込んできたわけで。


 やばいんじゃね? くらいの打突衝撃に、鍛えようもないやわこい箇所を襲われ、そのまま僕の意識は途


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る