△3八飛鷲《ひじゅう》

 結局のところ、本対局にて、僕に見せ場は訪れなかった。


 二人の美麗少女にいいところを見せ、きゃーのきゃーの言われることなど、いつもの僕の大脳が描く妄想に過ぎなかった。


 あったのは、意気込んで突進していった8五の地点に、向こうからも狙いを定めた飛車先の歩が突き出され、それにびびって横っ飛びに交わしたところで、相手方の玉がミロカさんフウカさんという二人の強力な「駒」によって即詰みに討ち取られて、それで呆気なく終局となったという結果だけであった。


 <ア、 負ケマシタ>


 無表情な小声の機械音声と共に、決着がついたことが告げられる。


 盤面に残っていた「二次元人」たちは全て、その黒い巨大な五角形の体にぱしりぱしりと亀裂が入り、次の瞬間、一斉に爆散した。


 その衝撃と共に、今まで確かに重力を発生させていた「足場」も、ぴんと張られたワイヤーがたわむようにしてあやふやに霧散し、宇宙空間のような闇に投げ放り出されるような感覚が、僕らを襲う。


 立ちくらみのような白い闇が僕の視界を覆い、意識も遠のきかけたところでいきなり慣れ親しんだ地球の重力が戻ってきて、僕は飛んでいた夢を見ていた時のように、足がびくっとなってから「現世」へと戻ってきたことを知覚する。


 先ほどの公園だった。穏やかな日差しは、先ほどまでの修羅場の存在を遥か遠くに感じさせる。


 変身は何故か解けていた。芝生の上に真顔で座り込んだまま、僕は同じく変身が解かれていたミロカさんフウカさんが、気を失って倒れているらしい警官の皆様方を介抱しているのを眺めていた。


 それが先ほど、小一時間前ばかりのことだ。


「……」


 そして今、僕はコンクリの地べたに、正座させられている。


「……お前はあれか、見学者か傍観者のどっちかなのか?」


 何故か竹刀を携えたミロカさんが、その切っ先で僕の顎先を小突きながら問うているけど、何だろう、このシチュエーションは。異世界かな?


 公園での「対局」を終えて、ちょっとした放心状態だった僕は、オラ戻るぞ、とミロカさんの促しに流されるまま、例の地下施設まで今度は駅前の雑居ビル地下から繋がるトンネルのような地下通路を経て、戻らされてきたのであった。


 そしてこの六畳くらいの打ちっぱなしの殺風景な密室で、軍曹のような問いかけをしてくる美少女と対峙している。


 目の前には、仁王立ちしているぴったりとしたレギンスに包まれたきゅっと締まった流麗なラインがあるわけで、そちらの方向から漂ってくる柑橘系のフレグランスと甘い体臭のようなものが混じり合った強烈なフェロモンのようなものがこの小部屋には充満しているかのようで、僕の意識はまたしても現実感を掴み取れずに右往左往している。しかし、


鵜飼ウガイィィィィィッ!! トクト教官の質問だァァァァァァッ!! 迅速に答えろォォォォォォッ!!」


 ミロカさんの横から突拍子も無い怒声が飛んでくるけど、何これ。


 上目づかいで恐る恐る見上げると、もうひとりの小柄な少女の姿があった。うちの学校の臙脂色のジャージの上下に、足元は使い込んだ下駄を何故か履いている。後ろに結んだ黒髪はサラサラしてそうなのに、こちらを凛々しく見つめてくる顔立ちは少し幼いながらも可憐であるというのに。


 どうして、またもや厄介そうなメンタルの持ち主が現れたのだろう……と、真顔のまま、いいえ、私はレッド獅子です、と抑揚のない声で返すことしか出来ない。

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