▲3七金飛車《きんびしゃ》

 <5二金左>


 金属を擦り合わせたような耳に障る音声が辺りに響くや、変貌を遂げたフウカさんと敵方の玉の間に、王を守らんとばかりに、黒い将棋駒「金」が飛び出してくる。


「か~ら~の? ……『5七鯨鯢けいげい』」


 しかし一方のフウカさんは、相手「金」の射程距離に入ったにも関わらず、まったくの余裕でひらりと後方の初期位置へと宙がえりをかまして戻ってみせる。この空間は重力弱いんだろうか。ま、かといって僕にあれだけの芸当は出来るべくもないが。


 あっさり玉前の「歩」を殺して、成りまで入れた早業に、思わず「成駒屋ッ」とでも掛け声をかけたくなるが、局面はそう楽観もしてられない。相手も相手で次々と指し手を進めて来る。


 <3四歩>


 角道を開ける定跡通りの手であり、普通の対局だったら、そこまで警戒することもない。ただ、今の我々には心強い防衛ラインである「歩」の皆さんが一枚も無い状態のわけで、すなわち、「8八」にいる僕にその「角」は直射しているわけで。守ってくれる駒も周りにはいないわけで、ここはかわす他はない。


「な、『7九獅子』っ!!」


 「獅子」は周囲どこでも二マスまで自由に動ける、「玉」の上位互換のような破格の駒だ。ゆえに色々指し手はありそうなものの、とりあえず、相手角の成り込みを防ぐ位置へと引いてみた。


「おい、腰引けてんじゃねえぞ」


 そんな僕を見て、右方向からミロカさんのドスの利いた声が刃物のような鋭さで飛んでくるけど。えー、何でそんなにも好戦的なのー。僕のことなどは一瞥もせずに、その美麗少女は正面からは目を切らずに、ぐっ、と体勢を縮めてから、行動に移っていく。


「『4六鳳凰』『4五おなじく鳳凰』『3四おなじく鳳凰』『2三おなじく鳳凰成』」


 矢継ぎ早に指し手を呪文を詠唱するが如く呟くミロカさん。その発声と同じくして、盤面を弾けるような凄まじい速度で滑空していくけど、「おなじく」って使い方間違っているような……


 ……ちなみに「鳳凰」は前後左右1マスは普通だが、斜めだったら2マス先まで、間に他の駒があっても桂馬のように飛び越えて進めるトリッキーな「踊り駒」だ。以上解説終わり。


 敵方の2・3筋の歩を連続で蹴散らすと、角頭に舞い降りたその神々しいばかりの火の鳥は、紅蓮の炎のような下方向から沸き立つ光に、その全身を包まれていく。


「……『スカーレット奔王ほんおう』」


 またしても黒いパーツは虚空から現れると、ミロカさんの全身に被さっていく。今度は本当に「全身」だ。真っ黒なシルエットのような見た目になったその細身から、「翼」がさらに二枚、展開していく。


「あああああっ、『2二奔王』っ!! 『1一奔王』!!」


 黒のシルエットは、そのまま眼前の「角」をその四枚となった黒い「翼」で切り裂くと、斜め右前にいた「香車」を、担ぎ上げた。


 そのまま叩きつけでもするかと思いきや、ミロカさんの頭上で、その「香車」は急速に形状を変えていく。何だ?


「『香の武装化鋼』……『アピアランス・ロケッター・ランス』っ、っ貫けぇぇぇぇぇっ!!」


 普段からは程遠いその熱血テンションシャウトと共に、細い棒状となった「香車」が、槍投げのようにミロカさんの美しい投擲姿勢から射出される。


「!!」


 その全然柔らかくない「香車」は、猛烈な回転も加えられて、自陣の「桂」「銀」「金」の三体を田楽が如く、刺し貫いた。僕はその光景を、少し真顔になりながら、眺めているほか無かったわけで。


 一瞬にして右辺を制圧してしまったミロカさんはいまだ余裕の体で、露出した「玉」に狙いを定めているようだけれど。


 この荒唐無稽さ……子供の頃やった、ルール無用の戯れどころじゃない。何でもありと見て、ほぼ間違いはない。


 いや、真顔になってる場合か。僕は少しは貢献しないと後がやばいとの焦燥感だけに突き動かされるようにして、あたふたと前方の「戦場」へと馳せ参じていく。


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