▲2二太子《たいし》

 ぽっかりと開いた、その円い暗闇。


 何気ないが、その実さびれ果ててはいる公園に突如現れたそれは、開いたマンホールのようなビジュアルながらも、何か得体の知れない胡散臭さをも潜ませている。


 話の流れからすると、この中に、この下に進むんだよねー、と当然そうなるだろうね的な選択肢が脳裏をわっせわっせと駆け巡るけれども、躊躇してしまうのはしょうがないことだよねー。


「……」


 おまけに覗き込んで確認したところ、遥かなる闇の底へと誘うものは、階段でもハシゴでもなく、そっけない一本の金属の棒だった。


 滑り棒、ないし登り棒……ノスタルジックな感覚を呼び覚まされてしまうばかりだけれど。


 消防隊員も緊急出場の時はこういったのを使用するのを何かで見たことはあるが、これは逆じゃないか? 「本部」に帰るのに急ぐことってある?


「30メートルほど一気に下降する。命綱のような無粋なものは取り付けられてはいないから、まあ気を付けてくれ。30秒で閉まるから急ぐのだ」


 無粋でも何でも、取り付けておいて欲しいものだが。しかし「言っても無駄」な空気は既に浴びるほど取り込んでいるので、僕は黙ってそれに従うことにする。


 カシキと名乗った老人は、その黒い「穴」をまたいでから、その上で軽くジャンプすると、次の瞬間、僕の視界から消え去っていった。


 何で無駄に勢いつけるんだよあぶねえよ、と思いつつも慌てて穴を覗くと、布が擦れるようなズオオオンという音がかなり下の方から響いてくる。こりゃあほんとに10階建てくらいの高さはありそうだ。


 ただ、ここで怖気づいて逃げ出すというのも癪だったので、僕はゆっくりと穴の淵に一度腰かけてから、そして「棒」の掴み心地を掌で執拗に確認してから、穴の中へと身体を滑らせていくのであった。


 両手プラス両肘あたり、両脚プラス両土踏まずを駆使して、びりびりと共振している金属棒を伝って落ちていく。


 てっきり真っすぐ下へといくものだと思っていたが、金属棒は途中でぐにゃりと左へ右へと曲がりくねっていた。何故。


 カーブの度に身体は右へ左へと振られ、あやうく振り落とされそうになるけど、必死でふとももを吸着させて事なきを得た。学生服改造ジャージの内股部分のポリエステルが、摩擦による加熱で溶解・再固結してごわごわになったが。


 そして金属棒の終点は、何故か床から2メートルは上空にあって、何故。


 落下速度を殺しながら、足首をひねらないよう何とか両足から着地する。あぶないって、このアトラクション的なもの。


 立ち上がって見渡すも、降りたところは薄暗い。そして湿っぽい。


 エレベーターホールくらいの広さの空間だった。左手に簡素な金属扉がうっすら見える。老人の姿は見えない。と言うことは。


「……」


 選択肢は、どう捻り出そうとしても、ひとつしか無さそうだった。意を決し、妙に生温かい、その金属扉のノブを回して押し開けていく。

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