▲1三桂

「そろそろ自分帰ります。走って帰って弟と実況検討しないと」


 老人の話の2割弱も理解は出来なかった僕は、ともかく聞かなかったことに、この邂逅でさえ無かったことにしてしまった方が何かと早いとの判断をくだし、頃合いと見て、くるりと踵を返そうとしたのだが。


「待たれよ、選ばれし勇者」


 老人は的確に追い打ちをかけてくる。でもいかんのじゃないでしょうか、そんなAIを刺激するような言葉を連ねたら。


 しかしその白衣の老人は、もう完全に自分の世界に入り込んでいるかのようで、そしてその世界を触手のように張り伸ばしてきて、こちらを絡めとろうとする気満々であろうことは、その焦点の定まらなくなってきた眼を見なくても肌でわかってきてしまうわけで。


 要するに、僕らは似ているのだと思った。同族のニオイを感じ取ったといえば、そうなる。


 将棋至上のこの国では、将棋以外の物に没頭する者は異端とされ、時には取り締まられるまでに至っている。個性が、潰されていると言っても過言ではない。


 もちろん将棋の奥深さは知っている。僕だって幼い頃は、どうにかなってしまったんじゃないかくらいにそれに打ち込んでいたから。誰に強制されることもなく、ただひたすらに、その深奥を目指そうとしていた、あの頃。


 だから知っている。その魅力も、底抜けの深さも、まがりなりにも。


 だがそれ以外を全て否定してしまうのはどうなんだろう? 人生がそれだけとは、思えない。懐かしい思いにかられた僕は、真顔で立ち尽くしてしまうけど。と、


「……君は、近頃増加している『失踪事件』を知っているかい?」


 自分のペースを崩そうとしない老人は、自分の端末に何か動画らしきものを表示させると、それを逡巡に陥っていた僕の方へと向けてきた。


 <千駄ヶ谷、真昼の怪! 総田四級(12)、謎の消失?>


 そんな煽情的な文句が躍る、ニュース映像だ。知ってるも何も、何回もトップニュースに上がっていた奴じゃないか。失踪事件。捜査は進展していないはずだ。でもこれが何だと?


「……『たまたま』、奨励会級位者が事件に巻き込まれたから、こうして大きく取り上げられているが、それ以前にも、この千駄ヶ谷界隈では、老若男女問わずの、人の消失が立て続けに起こっている。それも、一度に何人もの数が、だ」


 老人は重々しくそう告げてくるが、え、そうなの。


 「人の消失」……それに「一度に何人も」っていうのは、割と尋常じゃあない。それが立て続けとなれば、尚更。


 でも……じゃあ何でそこがクローズアップされず、「有名人が」、っていうところが強調されているんだ?


「話を大ごとにしたくない……国の意向だよ、少年」


 老人は別のアプリを起動させたようだ。今度はやけに画質の荒い映像が流れ始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る