『理想宮』(2)
男は巷で噂になっていた。このところ、妙なことをしている郵便配達員がいると噂になり、小さな村だからそれが誰なのかはすぐに判明したし、男が妙なことをしていることは村の人間に知れ渡るところとなっていた。気が狂ったのだろうと噂する者もいた。
去年の暮れに男の娘が亡くなったことを、村人たちは誰でも知っている。最愛の妻も最愛の娘も失ってしまっては、まともでいるのも難しいだろうと村人たちも同情気味だった。
彼の仕事ぶりは真面目だったし、驚くべきことに娘の死後もまったく問題なく今まで通りに郵便配達の仕事を続けていた。ただ、いつの頃からか彼は妙なことをしだしていたのだった。
男は配達の途中で石を見つけては持ち帰っていた。
さすがに両手で抱えるような大きな岩を運んだりはしなかったが、これはと思った石を彼はすべて持ち帰った。
町の住人たちは彼の行動に首を傾げたが、特に害があるわけでもなかったので誰もそれを咎めはしなかった。どうやら、男は持ち帰った石を自宅の庭に積み上げたり削ったりしているらしかった。
そんな奇行もやがてただの習慣となり、月日だけが流れた。なんと、男は三十三年間も石を積み続けた。
彼が三十三年間で組み上げたのは、まさしく宮殿とでも呼ぶべき代物だった。そこで人間が暮らせるような大きさではなかったものの、ファンタジーに登場する小人ならば不自由なく暮らせそうな出来栄えだった。
狂気の成す業にしては、あまりにも緻密である。そして、異国情緒があるとでも言えばいいのか、宮殿の構造や宮殿のところどころに置かれた異生物の彫刻は、非常に不思議な雰囲気を放っていた。彼は特に建築にも彫刻にも造詣が深いわけでもない。天使か悪魔に憑かれたとしか村人たちには思えなかった。
しかし、妻と娘を失って可怪しくなった哀れな男とは思えず、もはや畏怖のような感情を持って村人たちは彼を見ていた。
彼の創り上げた石造りの宮殿を、村の観光名物にしようという話も上がっていた。きっとそれは大衆に受け入れられるだろうと予想できたのだ。それは芸術家気取りの虚栄心の産物ではなく、ただ一人の市井の者が三十三年という年月と気力でもって打ち立てた幻想の宮殿なのだ。
ある日、村の者は男に、いったいどこからこのインスピレーションを得たのかと尋ねた。
しかし男は答えず、曖昧に笑った。
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