『VEIL』(2)
結局、そのアウトドア用品の企業にハーヴェイのアイデアは買われた。実用化までに少し時間はかかったが、きちんと製品としてリリースされ、かなりの売上を記録した。
ハーヴェイは発明品に自信があったため、アウトドア用品の企業との交渉の際もかなり強気だった。その姿勢に難色を示す者もいたが、発明自体は極めて独創性が高かったために上層部で合意が得られ、結果、トム・ハーヴェイは巨額の対価を受け取ることになった。
ハーヴェイの発明の目玉は、そのギミックにあった。ボールは人間の外にあるのに、ほんの一瞬で巨大化した膜が人間を内側に取り込んでしまっている。要は、外側のものを、一瞬で内側にしているのだ。
その奇妙さは、実際に見てみないとわからないかもしれない。入室を例にとれば、人間が部屋に入るのであって、部屋が人間を入れるのではない。アウトドア用品の例で言えば、張ったテントに人間が入るのであって、テントが人間を入れるのではないはずなのだ。
それなのに、ハーヴェイの発明品であるVEILは、人間を膜に取り込んでいる。瞬間的にテントを形成する上に、形成された時点で人はテントの内部にいるのだ。テントを組み立てていき、そのテントに入って利用するというような、従来の手順を複数スキップすることに成功している。優れた発明であると同時にその発明の優れた活用法であると言っても過言ではなかった。
しかも実際に試用してみると、通常のテントよりも圧倒的にコストが低かった。従来どおりのヘビーなユーザーは今までどおりテントを利用すればいいが、ライトユーザーのなかでも未開拓の層を開拓できたのは僥倖と言ってよかった。
また、思いがけない需要もあった。災害時に避難している人々がVEILを必要としていたのだ。避難所にギュウギュウ詰めになるのは仕方ないとしても、寝る時ぐらいは一人で静かにいないとやってられない。これはかなり根本的な欲求に繋がる需要だった。そのため、災害需要がかなり力強く商品の売上を支える結果となっていた。これらを購入するのは国やその下位組織だったため、かなり羽振りよく在庫が吹き飛んでいったのだ。
むしろ好評すぎていらぬ懸念まで出てきたのもまた想定外のポイントだった。軍では昼夜問わず右へ左へと兵士を動かしている関係上、軍事からの需要も実は存在していた。ただし、これについては通常のVEILをそのまま転用できるわけではなかった。主に耐久性の問題があるように思えたのだ。
そこで、企業はトム・ハーヴェイを呼び寄せて意見を聞くことにしたのだが、話は拍子抜けするほど簡単に終わった。別に膜の素材自体はいくらでも変えられるとの回答を得られたため、重役たちは非常に安心した。トム・ハーヴェイが「それこそ、銃弾とかミサイルも通さない硬度にできるでしょう」と言った時には、「それじゃあ空気を得るためのストローが通らないだろう」と笑った。ハーヴェイも曖昧に笑い返していた。
正直なところ、この発明品によって得られた儲けは当初の推定を大きく上回っていたため、ハーヴェイに少し恩返しをしたい気持ちが企業側にもあった。だから、呼び出したついでに彼を非常に高価なディナーに連れ出そうとしたのだが、ハーヴェイはそれをあっさりと辞退した。どうやら、今は非常に忙しいため行けないとのことだった。なにをしているのかを尋ねても部外秘だと言って話さなかった。
好奇心もあったが、今後の儲け話への期待から、役員のうちの一人が探偵を雇ってハーヴェイの身辺を調べた。
調査結果は芳しくなかったが、それでもいくつかの事実が明らかになった。
トム・ハーヴェイは現在、研究をしている。探偵も最初は彼がどこかの研究施設に所属したのだと予想したが、やがてその研究所は彼自身が建てたものだと判明した。非常に大掛かりな研究施設だったが、セキュリティが強固なためにそれ以上の情報は得られなかった。
もしもこの時、いくつかの法を犯してでもその研究所に押し入っていれば、地球の未来は違ったものになっていたかもしれない。しかし、当然誰もそんなことはしなかったし、研究所で着々と準備をされていた、VEILと表記されたとてつもなく巨大な半透明のボールは、トム・ハーヴェイと雇われの研究員以外の目に触れることはなかった。
あの日、アウトドア用品の一店舗で店長が持ち上げたボールとは比べ物にならない規模だったが、大まかな構造自体は変わらなかった。かなり強固な素材を使っている点は違うが。この巨大なVEILを展開したなら、出来上がった膜はミサイルすら通さない。
あともう一つ大きな違いがあるが、このVEILは展開してもLIVEというアナグラムを表記しない。正確に記せば、VEILという単語のアナグラムは表記されるが、それはLIVEという単語ではなかった。
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