『VEIL』

『VEIL』(1)

 とあるアウトドア用品店に、トム・ハーヴェイという青年が営業に来た。アポイントは無かったが、そういった押しかけにも誠実に対応できるほどには、その企業は優秀だった。伊達に業界のトップを走り続けているわけではなかった。

 その店でハーヴェイが最初に声をかけたのは、正式な社員ではなく短時間労働者だった。しかし彼は、ハーヴェイの「おたくで必ず使えるだろう発明品があるんだが、権利関係を管理してる立場の人間に連絡をとってくれないか」というやや胡散臭い話を丁寧に取り扱った。まず若者は上長に確認を取り、その店の責任者がハーヴェイの話を聞くことになった。

 店長が懸念していたのは、チェック無しで上に繋げと要求されることだった。発明品のアイデアだけを盗まれる可能性を考えると、闇雲に吹聴したくはないことは想像に難くない。しかしハーヴェイはそういったことは言わなかった。

 応接室で待たされていたトム・ハーヴェイを見て、店長は彼にわからない程度に両眉を上げた。ずいぶん若い男だ。たしかに利発そうではあるが、大学はそこそこに普段はフットボールに明け暮れてると言われたほうがしっくりくる容姿だった。

「やあどうも。あんたが店長さん?」

 気さくな調子からしてもまだまだ学生的な雰囲気が漂っていた。

 己が侮られていることをハーヴェイは理解していたが、それについてはなにも気になっていなかった。彼はさっさと自分の発明のプレゼンテーションを始めることにした。

「まずこれ」

 そう言って彼が取り出したのは白濁色のボール。ボールを手渡された店長は、それをクルクル回して眺めていた。なんの変哲もないゴムのような素材のボールにしか見えなかった。

 店長は戸惑いつつも、当たり前のことを確認する。

「うちはアウトドア用品店であって、スポーツグッズ店じゃないってことはわかってるよね」

 ハーヴェイは笑みで応え、顎を一瞬持ち上げることによって、ボールをよく確認してみることを促した。

 店長がボールをよく見てみると、そこには文字が書いてあった。

「V、E、I、L……。ヴェール?」

 なにを見せられるというのか見当もつかないため、店長は読んだ言葉をそのまま口に出しながら青年を見る。青年はなにかマスクのようなものを口につけている最中だった。マスクからは二メートルほどの長さのストローのようなものが伸びていた。

「そう。ヴェール。覆うもの。ところで、おたくの企業はアウトドア用品だけど、生活に関わるものが多いよね。外での生活を楽しむための商品がメインだ」

 ハーヴェイは滔々と話しかけながら、店長の手から半透明のボールを取り返す。

「だから、この発明品VEILはきっとあなたがたも気に入るはず」

 やはり話が読めない。ボールを持った男が、なぜだかアウトドアでの生活について話をしている。なにも意味が繋がっていなかった。

「なんか尖ったもの持ってます? ペンとか」

「あるけど」

「あ、いや、いいや。これで大丈夫」

 ハーヴェイは自分のマスクから飛び出したストローの先を店長に見せた。紙パックのドリンクに付属したストローのように、先端が少し尖っていた。

 縄跳びのようにほんの少しジャンプしながら、ハーヴェイはストローの先端をボールに勢いよく突き刺した。

 ――パンッ!

 ほんの小さな破裂音が響く。

 その音に驚いた店長はほんの一瞬、瞬きをした。その一瞬で、奇妙な現象が目の前で展開していた。

 先ほどまでボールを持ってそこに立っていたハーヴェイが、彼自身をすっぽり包む半透明な膜に包まれていた。

「ヴェール……」

 思わず呟きながら、店長はさらにその膜に奇妙な文字を発見する。ボールに記されていた文字はVEILだった。しかし、ハーヴェイを包む膜に記されている言葉は、使用されている文字は同じだったが、別のものだった。

 記されているのはLIVEという単語。どういう方法でそれらの文字が組み替えられたのか、店長はまったくわからなかったが、それでもアナグラムによって感興を呼び起こすという遊び心はしっかりと理解できた。

 文字の浮き上がった半透明な膜越しに、ハーヴェイが挑戦的な笑みを浮かべているのが見えた。

 ハーヴェイはマスクから伸びたストローを膜の内側から外側へと突き刺した。どうやら通気口として使用するらしかった。

 事ここに至ってやっと店長は理解した。まったくもって斬新なテントのアイデアを、青年は披露したのだ。あんな手軽なボールを一つ持っていくだけで、虫だとかに困らされることなく外にいられる。製造コストの問題もあるが、バランスが取れるのであれば、確実に価値はあるだろう。それに、彼が実演して見せた通り、話題性もあった。VEILがアウトドアでのLIVEを彩るのだ。

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