『モンキー・ハンティング』(3)

 男が困っていると、別の黒人がたどたどしい英語で通訳を始めた。

 どうやら、檻がこの砂漠に降ろされる際、北の方向の川沿いに街を見たと言っているようだった。しかし、自分だけの意見だと不安だから、他にもそういう証言を集めてほしいとのことだった。男は情報提供に感謝した。たしかに情報元がひとつだと不安だ。もしも違った場合、集団でパニックに陥ってしまう可能性があった。

 そこで、男は先ほどの中国人の男を引き連れて別の檻の錠前を開けることにした。

 太陽が二人を焦がしたが、こんな苦行を彼一人に背負わせるのは忍びなかった。男が体で日陰をつくり、中国人の男がそこでピッキングを進めるという要領で作業を行った。それを見かねた周りの男たちが名乗りを上げ、日陰を作る役を交代で持ち回った。要領を掴んできたようで、ピッキングの速度は上がっているように思えた。

 日陰を作る役目を交代してもらった男は檻を開放していくたびに、どこかに街を見なかったかと尋ねて回った。情報にブレはあったが、概ね最初の黒人の情報の裏付けがとれたと言っていい結果だった。

 すべての檻を開放した人々は、川沿いの街に向けて大行進を始めた。

 灼熱の太陽と蒸し返す砂漠が彼らの身を焦がしたが、それでも彼らは希望に向かって歩いていけた。足が止まることはなかった。

 歩きはじめて三時間とちょっと経過して、彼らはやっと街にたどり着いた。もはや水なしには、意識が途絶えるのが先か気付かぬうちに絶命するのが先かといった絶体絶命の状態の者がほとんどだった。

 そこは、人の気配がまったくない、奇妙な都会だった。

 店や民家で調達したペットボトルのミネラルウォーターの美味さに、人々は身を打ち震わせた。

 水を浴びるように飲んだ人々のその後の行動はまちまちだった。適当に忍び込んだ民家のベッドに横たわる者もいたし、店でひっつかんだお菓子を食べ始める者もいたし、なぜか泣きながら雑誌に目を通す者もいた。簡単な保存食を食べながらも、服を入手しに行く者もかなりいた。

 檻からの大脱出を先導した男と錠前を外した中国人の男はというと、とりあえず休みたい気持ちでいっぱいだった。しかし誰かが生活していた民家で体を休めるという気持ちにもならなかった。二人は言葉は通じなかったが、どちらもとりあえずホテルの適当な部屋に入って休もうと考えていた。

 二人はホテルと思われる建物を見つけ、その綺麗な外装の建物の前で熱い握手を交わした。

 そして中国人はちらりと後ろのほうを見てから、男にウィンクした。いったいなんだろうと振り返り、男はそこで二人のあとをついてきていた者がいたことに気付いた。

 檻の中で男と口論をした女性だった。

「どうしたんだい、レディ」

 男が声をかけると、女は男におずおずと近付いていった。

「賭けに、私は負けたから」

 その言葉の意味するところを察して、男は素早い挙動で女に傅いた。二人はそれぞれの一生を賭けた。そして男は賭けに勝ったのだ。彼女は自分の一生を男に明け渡すことになる。なかったことにして逃げればいいのに、女は正直に男についてきていたのだった。

 しかし男は、彼女を自分の言いなりにするなどということは考えていなかった。純粋に、この度胸のある美しい女性に惚れ込んでいたし、彼女と今後を共にできるなら、それは願ってもないことだった。

「レディ。君の一生を、僕に預けてもらえるのかい?」

 いささか場違いなぐらいにロマンチックな男の言葉に、女は少々面食らいながらも笑顔で頷いた。二人は手を取り合って階段をのぼり、適当な客室に入っていったのだった。

 この夫婦は精子バンクを見つけて今後の人類の再興を主導していくことになるのだが、それはまた別のお話。

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