『モンキー・ハンティング』(2)

 砂漠に取り残された人間たちは、異星人たちが飛び去るのを見てもほんのちょっとも希望を抱けないでいた。

 状況は最悪だ。

 人間はほとんど絶滅させられ、生き残りにしてもどこか遠くの星でペットとして飼われている。地球上での生き残りは、ここにいる者だけだった。

 しかし、とある檻のある男は、格子の隙間から懸命に腕を伸ばしていた。彼は先ほど撃たれて死んだ人間の死体を引きずり込もうとしているようだった。

 なにをしているのかと周りの者が男に問うと、彼は事もなげに「死体から骨を取り出すんだ」と答えた。男たちはその回答の気味の悪さに顔を顰めた。

 素肌を腕で隠しながら、一人の女が高い声でその男を怒鳴りつけた。

「いい加減にしなさいよ! もうみんな死ぬのよ! もう終わりなんだから、そんな汚いもの見せないでよ!」

 男は黙って女を見つめ返した。男は据わった目で女を見つめる。睨んでいるわけではなかったが、妙な凄みがあった。

 ちょっと経ってから、男は女から視線を外して作業に取り掛かった。まわりの者は耳を塞いで顔を背けた。

 しばらく経って、男は血まみれの状態で檻の錠前に挑んでいた。ピッキングの要領で鍵を外そうとしているらしかった。しかし男はふと思いついたように檻の中を見渡して声をかけた。

「おい。誰かピッキングができるやつはいないか?」

 男が檻の中に声をかけると、アジア系の顔立ちの男がおずおずと近付いてきた。なにを言ってるのかわからなかったし、それがどこの国の言葉かすらわからなかったが、アジア人の男は骨と錠前を貸せという仕草をした。

 男は笑顔を向けて、彼に骨と錠前を渡した。

 先ほどの女はまだ非難がましいな顔をしており、また男に向けて言葉を投げかけた。先ほどよりは少し落ち着いた声色だった。

「無駄って言ってるじゃない。だって、ここの男は全員去勢されちゃったのよ。もう私たちは地球最後の人類なの」

 男はその言葉を受けても動じなかった。むしろ仁王立ちで不敵に笑ってこう答える。

「人間は、進化を続けてきた。創意工夫で生きてきたんだよ。綺麗なレディ」

「股間丸出しでそんなこと言われてもね」

 女は顔を背けるが、男は言葉を続ける。錠前とアジア人が格闘する唸り声が聞こえている。

「俺たちの現状を冷静に考えてみたらいいんだ。外敵は一時的だろうが立ち去った。男がいる。女がいる。俺たちは檻に閉じ込められている。砂漠は暑い。このままいたら夜を越すことなく全員死ぬだろうな。男たちは去勢されている」

「だから言ってるじゃないの。状況は絶望的どころか、絶望そのものよ。たとえ抜け出したところで人類は終わり。どのみち、砂漠を抜け出せずに死ぬわ」

「頭を使えよレディ」

 男は自分の頭を指さして言う。

「考える能力が、俺たちにただ一つ残された道具なんだぞ。難しい問題じゃないだろう。考えろ。考えろよレディ。檻を抜け出て、砂漠を抜けて一旦街に出たとしよう」

 男の言葉に、女は両眉を釣り上げる。

「あら、なんて簡単なお話。そうね。ここから出られないなんて、万に一つもないでしょうしね。どうせなら賭けましょうよ。私は、ここでこのまま野垂れ死ぬに私の一生を賭けるわ。あなたはなにを賭けるの?」

「受けて立つよ。俺も、俺の一生を賭けよう。檻を出て、砂漠を抜けて街に出たとする。保存食は世界にいくらでもある。人口の母数が極端に減ったが文明は取り残されてるんだからな」

「働く必要もないし、一生遊んで暮らせるわね。で? それがハッピーエンドだとでも?」

 皮肉げに口を歪める彼女に対し、男は挑戦的な笑みでもって応える。

「おいおいレディ。宇宙人に脳みそまで持ってかれたのか? 今のはとんでもないヒントだったろう」

「なんの話よ」

 男は口角を思い切り持ち上げて言う。

「文明は残されてるんだよ、麗しいレディ! 精子バンクが世の中にいくつあると思う? 俺は知らないが、きっと予備電源で保存されてるだろうから、急げば間に合う。俺たち男は子供を二度と望めないが、女たちは子を孕めるだろう! 一緒に育てていけばいいんだよ!」

 男は乾いた血で汚れた腕で女の両手をとって立ち上がらせた。言葉の意味を理解した女は、やっとその目に希望の光を灯しはじめていた。一糸まとわぬ姿で、男と女は抱き合った。

 不意に檻に歓声が轟いた。檻の錠前が外れたようだった。

 出口のドアに人が殺到している横で、アジア人が男に笑いかけていた。男は彼の元に走っていって、思いつく限りのアジア圏の「ありがとう」という言葉を叫んだ。その反応でおそらく彼が中国人であることがわかった。

 檻からかなりの人数が出ていったが、男は彼らに声をかけた。

「待ってくれ。どうか待ってくれ! 外は灼熱だぞ。一旦、檻の中の日陰に戻ってきてくれ。訊きたいことがあるんだ」

 人々を意外と素直に檻に戻ってきた。たしかに外は檻よりも暑かった。それにそもそも、檻を出たところでどこにも行けない。ここは砂漠の真っ只中だ。

 人々を前にして、男は尋ねた。

「誰か、この近くに街があるかどうか知ってる人間はいないか? どこに行けばいいのか、方向だけでも知っておかないといけない」

 人々はざわついていた。さすがにわからないかと男が肩を落としかけたその時、一人の黒人が控えめに手を上げるのが目に入った。なにか知ってるなら教えてくれと発言を促したが、なにを言っているのかまったくわからない。

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