『浮気アプリ』(3)
離婚の痛みはまだ少し引きずっていたが、男は数年も経たずに新しい交際に踏み切ることができた。
しかし、あの時の経験は彼を慎重にさせたし、何気ない会話に潜むお互いの認識の不一致には敏感になっていた。
自分の財産を誰かと分け合うのが嫌なわけではない。自分を心から愛せぬ者と婚約する理由がないと彼は気付いたのだった。見逃すと危ないポイントはいくつもあった。そのたびに、彼は彼女にそれとなく別れを切り出した。しかし問題のほとんどは相手だけが理由でもなかった。話し合いを重ねてみて、それでも自分たちは添い遂げられないだろうなと悟ると、男はかならず身を引いた。だいたいそれで問題なく関係が解消された。
メディアは彼が付き合っては別れてを繰り返すのを報じては、「さて次の婚約と浮気と離婚はいつになるのだろうか」と書き立てた。
男はいつしか、これと思う女を見つけていた。彼女の言葉は、自分にスッと馴染むのだ。己の心にそっとやさしく触れる手のひらを、男は彼女の言葉越しに幻視した。女もまた、同じようだった。男は喜びを持って彼女に接し、彼女もまた、男に喜びを持って接した。身分や立場だとか、そういったものすべてなげうっても、二人は互いを求める存在だった。
婚約に踏み切った二人を世間は喜んで見守った。さて、今度はどちらが浮気をするのだろうかと心待ちにしていた。
この頃になると、男はかつての自分の発言の詳細は忘れていた。彼の言葉通り、浮気アプリはたしかに、男とかつての妻の問題を顕在化させたのだ。もしも曖昧な関係が続けば、男とこの女が出会うことは有り得なかった。
二人はそんなことを知る由もなく、愛し合える伴侶を見つけた喜びにただ浸っていた。
そして、世間の冷やかし半分の目を気にする素振りもなく、二人は生涯を添い遂げたという。
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