『浮気アプリ』(2)

 数年経って、浮気アプリの開発者が再度注目を浴びることになる。

 男の妻が、こともあろうに自分の旦那が開発した浮気アプリで浮気をしていたのだ。週刊誌はこれをこぞって書き立てた。見出しはだいたい「浮気アプリの元祖。浮気被害に遭う」というような文言だった。

 ある番組でコメンテーターは「彼はきっと、寛大にも自分の妻を許すでしょう。浮気は別に普通のことなんですからね。だって、浮気のなにが悪いんです?」と言って視聴者の笑いを誘った。

 男はひどくショックを受けていた。

 立ち上げたての自分の会社が日の目を見るより前から交際していた女だった。貯金が底を尽きかけ、来月にも死ぬかもしれないというような状況を二人で乗り越えてきたのだ。

 男は、浮気などというのは自分に起こりようもないことだと信じて疑っていなかったのだ。なぜなら、彼は一生浮気をするつもりなどなかった。彼の目には彼女が永遠の伴侶だと映っていたし、彼女もまたそうだと思っていた。

 理由を妻に尋ねた男はさらに落胆した。彼女から飛び出てきたのは、「出来心だった」とか「もっと私を大事にして欲しかった」というような言葉だった。それは彼女からすると不足していたかもしれないが、経営者としての役割も、家での役割も果たしてきたつもりだった。最近では金銭的にはなにひとつ不自由をさせていない。休暇になれば精一杯、彼女との時間を優先してきたつもりだった。たしかに、忙しさのせいで男女の営みは減っていたが、それ以外に文句のつけようなどないはずだった。

 男は彼女の言い分を聞いた時、自分がおとぎの国にいたことを知った。つまり、彼女の世界には、自分がいないのだと気付いた。彼女が見つめているのは彼女自身であり、彼女が愛しているのは彼女自身に他ならないのだ。男はそのことを理解してしまった。それ以上の言葉を重ねるのは無駄だと知った。

 妻と早急に離婚しようとしたが、話し合いはかなり難航した。最初は別れることを拒否したし、その次はどれだけ慰謝料などを奪えるかということに集中していることがよくわかった。どのみち財産分与請求権があるのだから、しばらくは遊んで暮らせる金が手に入るだろうにと男は呆れ返ってすらいた。俺を捕まえておけばもっと大きな金を自分のものにできたと考えると、目の前で金が逃げていくのが惜しいと考えているのだろうなと、彼女の思考を男は推し量った。

 彼女を目にするたび、彼は心を傷めた。金はいい。また稼げる。しかし、信頼できる人間を失ったという事実が彼の胸を切り刻んでいた。

 いっそ浮気が発覚する前に彼女が死んだなら、ここまで辛くはなかったはずだ。なによりも彼を苛むのは、生きている彼女が恥も外聞もなく己の利益を優先する様を見せつけられることだった。子供がまだできていなかったのが、不幸中の幸いだなと男は思った。

 世間からすると、これは非常に面白い話題だった。まさに因果応報といった状況だ。わかりやすい勧善懲悪の展開に、民衆は沸いた。浮気は非倫理的である主張していた人たちも、浮気をした彼の妻よりも浮気をされた彼に「それ見たことか」という目を向けていた。

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