短編集『一新星』

荒戸 花

『浮気アプリ』

『浮気アプリ』(1)

 安心安全な浮気アプリを、男は完成させた。

 もちろん、表向きには批判を浴びていたが、リリースからダウンロードは伸び続けていたし、実際に利用している人間たちからも大好評だった。

 心ない批判をいくつも投げつけられたが、男が怯むことはなかった。どの批判も、彼からしたら的を射ていなかったからだ。「倫理に悖る」だとか「人としてどうなのか」など、彼を人格的に否定するような批判すらも殺到していたが、彼にとってはどうでもよかった。

 そもそも浮気はアプリが悪いわけではない。浮気がしたくなった時点で、恋人なり婚約相手との関係はほぼ終わっているのだ。浮気アプリは、浮気がしたいという人間の欲求を満たしている過ぎない。

 たしかに、欲求を抱えたまま放置しておけばいつかは消えたかもしれない火種だろうが、消えなかった可能性もまた存在しているのだ。浮気アプリは、問題を顕在化させているに過ぎない。浮気アプリはここに煙が昇っているぞと叫んでいるだけで、煙が見えようと見えなかろうとそこに火種があるのがまず一つの事実だった。

 それらは彼からすると自明の理であったため、どこに呼びつけられてもそんなような説明を繰り返していた。

 世間は彼の発言を切り取り、「浮気のなにが悪い」と放言した馬鹿な男として報じ、彼を徹底的に集中砲火した。メディアが別の的を見つけてそちらに砲台を向けるまでは数週間を要した。

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