第4話

 玄関のドアを開けると、部屋に直行する。靴を脱ぐのももどかしく、いつもは向きを揃えるのに、今日ばかりは乱雑に投げ捨てた。

「ま、待って! シャワー…」

「待てない。てか、昼におあずけされて限界なんだけど。この期に及んでまだ逃げるの?」

「に、逃げたりしないよ。ただこんな恰好だし…」

「脱がすのも男の楽しみのひとつだから」

「風邪ひいちゃうし…」

「そしたら、僕が看病してあげる」

「心の準備が…」

「は?」

 目が獰猛になるのが自分でも分かった。解き放たれた獣のように、君に噛みつく。

「心の準備なんて、僕に告白した時点でしとけよ」

 自分でもびっくりするぐらい低い声が響いた。ヤバいとは思ったけど、もう理性じゃどうにもならない。止められない。

 性急に服を脱がしていく。再び冷気に当てられ、ひゃっという声が上がるけど、気にもとめなかった。邪魔だというように自らの服も脱ぎ捨てると、君の素肌に次々と印を刻んでいく。首筋、肩、鎖骨、二の腕、掌、乳房、腹、背中、臀部、内腿、ふくらはぎ、脛、足首、足先…。至るところに花弁が咲いた。普段ならもっと時間をかける前戯もなく、そのまま繋がろうとする。と、そのとき。頬に暖かいものが触れた。見ると、目尻に涙をためた君が、こちらに手を伸ばしていた。

「逃げてるんじゃないよ。ただこういうことに慣れてないだけ。大好きだからこそ、あなたとの恋を大事にしてるからこそ、緊張しちゃうの。私はとっくにあなたのものだよ。」

 私があげられるものは全部あなたにあげる。だから、焦らないで。

 君は、僕の顔を引き寄せると、そっと自ら口づけた。触れるか触れないかのものだったけど、慈愛に満ちていて、僕の昂ぶっていた感情が落ち着いていくのが分かった。

「ごめん…」

 君の目尻をちうと吸う。君を泣かせるのは僕だけの特権だけど、こんな泣かせ方はだめだ。

「仕切り直し、してもいい?」

 問うと、返事の代わりに僕の背に細腕が回される。灯りは消してね、恥ずかしいから。蚊の泣くような小さな声に、僕はふっと笑って電気スタンドに手を伸ばした。


 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 雀の鳴き声と共に、ぱちりと目を開いた。横にいる健やかそうな寝顔と、繋いだままの手の温もりに、自然と口元が弧を描く。質の違う、細くて柔らかい髪を梳きながら、飽きもせずそのあどけない宝物を眺めていた。やがて君の眸は僕を映し出した。

「おはよう」

 言うと、同じ言葉が返ってくる。

「体はツラくない?」

 更に問うと、まだ寝惚けている君は目をぱちくりさせたけど、昨夜のことを思い出したのか顔を染めた。噛み跡の残る首筋まで一瞬で真っ赤に染まる。

「…ちょこっとだけ。だけど、幸せだった」

 ムリをさせた自覚があっただけに、君の答えに驚きつつも嬉しさが湧いてくる。

「今日は何がしたい?」

 雪合戦だろうが水風船合戦だろうが、恋人のやりたいことをすべて叶えてやるつもりだ。

「今は…もうちょっとだけこうしてあなたとくっついていたい」

「仰せのままに」

 珍しい君の甘い言葉に微笑み、口づける。あとでアップルパイも食べないと、と思いつつ、野暮な雀を無視して後絹の朝を楽しむのだった―。



終わり

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とある冬の日 遠山李衣 @Toyamarii

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