第50話 卒業の香り

 今一度思い出してみよう。俺こと、御門恭介の本分とはなんだっただろうか。

 神様と熾烈極まりない戦闘を繰り広げることだろうか。

 それとも不老不死と名だたる超人高校生と喧嘩をすることだろうか。


 答えは全て否である。俺の本分。それはいわゆる《普通の》高校生なのだ。


「大丈夫、きょーちゃん?」

「ああ。寝ぼけた幼馴染が全裸で朝まで俺を抱きまくらにしたり、幼女がその姿の俺を発見してブチ切れたり、嫉妬した龍神が回らない頭を前に一時間も説教したりってのが全て夢ならオールグリーンだな」

「うっ……」


 いつものごとく。

 そう、まるで日常のようになりかけている目下麻里奈の異常なまでの非常識な行動の数々は、今日も例外なく俺を苦しめたわけだが。

 二月の中旬。一般世間の高校で行われる特別な行事といえばそう――バレンタインなどという忌々しい行事を除けば唯一つしかない。


『卒業式』


 いわゆる別れの季節を象徴するお涙頂戴の儀式である。

 とはいえ、どこぞの高校生が龍神や超人と戦ったせいで学校自体が崩壊手前までのダメージを負い、等しく瓦解しかけた体育館は立ち入りが禁止されている。そのせいで校舎の改装などのゴタゴタで、卒業式が前倒しとなり異例の二月の卒業式が行われることとなった。


 なればこそ、卒業式を一体どこでやるのだという意見になるのだが。うちの高校は神埼家――つまりは麻里奈の実家が取り仕切っている。要は有り余る金があるわけだ。

 となれば話は簡単で、近くの結婚式場なり、神社なりを貸し切ればいいのではないか? という意見で全てが収束したそうだ。


 そうして、俺たちは今。今年の卒業式会場となっている、国内でも特に珍しい歴史あるヨーロッパ系のお城へと向かっている最中である。


「でもホント、麻里奈の家が金持ちなのは知ってたけど、まさかここまでとはな……」

「あ、あはは……。まあ、金銭感覚が狂ってるのはお婆ちゃんだけだから……」


 そうは言っても、たかだか高校生の卒業式のためにお城を土地ごと買い占める・・・・・・・・・など横暴にも程があると思う。

 確かに、卒業生からすれば大喜びな一面があるだろう。だが、冷静になって考えればこれがどれだけ異常なのかがわかるはずだ。というか、わからないとすれば知識レベルがイカれている。


「そういや麻里奈も高校三年だったっけ」

「ん? そうだよ。私、きょーちゃんの一個上だもん」

「先輩……なんだよなぁ」


 じろりと。

 麻里奈の方を含みのある視線で見ると、麻里奈は頬を膨らませて文句を言う。


「結局、一回も先輩って呼んでもらえなかったけどね」

「呼んでもらいたかったのか?」

「というか、きょーちゃんの敬語を使わせたい、かな」

「はぁ……? 姉弟同然に生活してきたのに、いまさら他人行儀なのも恥ずかしいって言うと思うぞ?」

「どうしてそう思うの?」


 言えない。俺が昔、お互いの立場を思い出して《先輩》と呼ぼうとして恥ずかしさのあまり逃げ出したことは。

 返事がないことに首を傾げていたが、俺がどう思っているかまではわからなかったようで、あるいは興味がなかったのか、それ以上の追求はなかった。


 ともあれ、目的地である卒業式会場は東京ドーム三個分の広さを誇るお城だ。

 確かにどのようなマンモス校でも卒業式ができそうだが、俺の高校は残念ながらマンモス校ではない。広すぎるのではなかろうかと、少し苦笑いをしている俺に麻里奈は手を掴む。


「こっちだよ」

「お、おい……」

「今日くらいいいでしょ? ほら、もうこうして一緒に通学できないかもなんだし」

「……」


 そうだ。

 そうだった。

 麻里奈はこれから大学生になるのだろう。つまりは俺とは違う道を歩むということだ。文字通り、俺とは違う道を。


 言葉をつまらせた俺に、麻里奈は笑った。


「もう冗談が通じないなぁ」

「じょ、冗談?」

「そうだよ。きょーちゃんを独りになんてするわけ無いでしょ? まだまだ頼りない弟だもん」

「お、お前なぁ……」


 だが、誰にも言えない安心が確かにそこにあった。胸をなでおろすような感覚は一体どういうことを示しているのだろう。

 それを考えるよりも先に、では麻里奈の今後は? などという疑問が浮上した。


「じゃあ、大学に行かないのか?」

「んー。まだ考え中」

「二月の中旬なのに?」

「まあ、大学なんてストレートで行かなきゃいけない理由はないし。じっくり自分のやりたいことを考えてから行くっていうのもいいかなって。幸いにも私のお家は無駄にお金があるし?」

「そういうことか……意外に考えてるんだな」

「なんで私が考えなしみたいな謂れをされなきゃいけないのさ……」


 そりゃあまあ、神様と結婚するとか言い出すような女の子ですから。

 いいや逆か。麻里奈の人生はともすればカンナカムイと婚約して終わっていたのだ。それが破却したことで、選択の余地が生まれた。

 じゃあ、今この瞬間が、俺が望んだ未来だったのだろうか。


 麻里奈を見ていた俺に、麻里奈は少し朱になって顔を背けた。


「どうした?」

「それはこっちのセリフ。そんなにじっと見られるとこう……困っちゃう」

「何をいまさら……夜は無防備に布団の中に潜り込んでくるくせに」

「あーもう! やめやめ! 公衆の面前で私の弱点を晒すのやめ!」

「弱点ってわかってんだったらやめろよな……。俺の心臓が持たねぇっての」


 冗談を含めつつ、俺たちは会話を繰り広げながら会場内に入る。

 さすがは結婚式場というべきか。細々とした装飾から、仰々しい装飾まで、全てがきらびやかである。実際の卒業式まではまだ日にちがあるものの、数回ある卒業式練習で初の現場入りで全校生徒が緊張していた。


 入り口にはまだ結婚式場としての役割を残していたらしくウェディングドレスなどが飾られており、麻里奈はどうもそれにご執心だ。

 近づいて肩を叩くと、ビクリと少し飛び跳ねた。


「び、びっくりした……」

「びっくりしたのはこっちだっつの。ドレスを見たまま上の空なんだもんなお前」

「え、いや……別に、そういうわけじゃないもん」

「……? 何がそういうわけじゃないんだ?」

「あーもう、デリカシーがないというか、女心がわからないというか……。私もこういうのを着て結婚できるのかなぁって思ってたの」

「出来るだろ」

「え?」


 俺の即答に麻里奈が心底驚いたように俺を見た。


「麻里奈みたいに可愛くて、家に金があって、相手を選びたい放題ならいつだって着れるだろ?」

「あ、あぁそういうこと。なんだかなぁ!!」


 急に大きいことを出して、麻里奈がその場で背伸びをした。大きなおっぱいが誇張されて、それを凝視していたのは秘密だ。


 俺が語ったのは全て真実だ。

 麻里奈なら相手は選びたい放題だろうし、好きなタイミングで結婚はできるだろう。

 ただ、そのときに俺はきっと隣には立てない。選ばれる選ばれないに限らず、俺はもう麻里奈の隣にはいられないような気がする。


 それもこれも、全ては《死ねない体》を持つがゆえに。


「よぉ、お二人さん。朝っぱらからお熱いことで」

「……げぇ」

「おいおいおい。そんなに楽しげな反応をされると、喧嘩をおっぱじめたくなっちまうよなぁ?」


 不意に声をかけてきたのは、高校の制服の上にアルスターコートを羽織った黒崎颯人とその義姉の黒崎由美さんだった。

 驚くことに、颯人たちは今年で卒業を決めたらしい。というのも、俺という新たな《選ばれし者》が選別されたこと、高校に颯人の妹が入学すること、颯人たちが日本をしばらく留守にすること。様々な要因が重なったことによる理由だと聞いている。

 俺を殺そうとした危険人物が日本からいなくなってくれるなら両手を上げて喜びたいところだが、面倒事が全て俺の下へと集約されると聞いて、心底吐きそうになった。


「俺がいねぇ間、日本は頼んだぜ?」

「ニヤニヤしながら言うセリフじゃねぇよな、絶対」

「良いじゃねぇか。俺はこれでもお前のことは買ってるんだ。なんせ、俺を負かしたやつなんて向こう何億年といなかったんだからな。あ、でも、完敗はしてねぇぞ。ボクシングで言やぁ、判定負けだ。しかも一点差のな」

「もうどっから突っ込めば良いのかわかんねぇよ……」


 かくして、役者は揃い、卒業式の練習が始まる。

 その前哨でどのような物語があったとしても…………。

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