第38話 一秒の定義
第二ラウンドで最初に手を出したのは颯人の方。もう数回目にした、目の前から消える攻撃である。見慣れたわけではないが、左目で捉えるコツのようなものを掴みつつある技だ。
颯人曰く、加速による目に見えない攻撃らしいが、それは少し言葉に綾があるのではないかと思われる。世界矛盾なんて、とんでも恐ろしい名前があるのに、その程度の能力なはずがない。多分、颯人の能力を端的に説明すればそうなるという話だろう。
では、颯人の能力のその本懐とは一体なんだろう。
世界のルールに矛盾を生じさせるほどの何か。
「あぁ……そういうことか」
パシンと、一瞬にして俺の目の前に現れた颯人の攻撃を右手で弾く。追いつけないはずの攻撃に反応し、なおかつ弾き返した俺の行動に驚いた颯人は大きく後ろに飛んだ。
そうして、弾かれた自分の手を見ながら確かに追いつかれたという確信を得たようである。
「お前の能力……世界矛盾だっけ? それってもしかして、一秒を延々と長くしてるってのじゃないか?」
「……参考までにどうしてそう思ったのかを聞いてみたいものだな」
「加速なら、俺の左目が捉えられるはずだ。でも、捉えたお前は
「…………フッ」
小さく吹き出したかと思ったら、次の瞬間には大きな声で笑いだした。弾かれた手で顔を覆い、心の底からおかしいと言いたげに天を見上げて笑う。
なんだか、颯人の雰囲気が柔らかくなってきたのは気のせいだろうか。できれば、このままはいお終いで戦いも終わらせてもらえるとすごく助かるんですが……。
そうもうまくは事は運ばない。淡い期待はやっぱりすぐに打ち砕かれた。
「テメェにわかりやすいように説明したはずが、まさか核心を突いた回答にたどり着くとはな。……気に入った。お前は敵だが、悪い気がしない。今すぐに俺の側に付くなら、特別に許してやらんでもないぞ」
「バカ言え。俺にだってプライドってやつがあんだよ。可愛い幼女を殺してまで生きたいなんて思うか」
「そうか、それは残念だ」
言うなり、今度は消えずに脚力で地面を抉る勢いで蹴って俺の前まで飛んでくると、轟音を上げながら握られた拳が飛んでくる。咄嗟に左手でガード体勢を取るが、颯人の拳は俺の左手をまるで紙を破るようにぐしゃぐしゃにしながら俺の顔の横を通る。
更に、目の前から一瞬で消え去り、背後に激しい痛みが生じた。どうやら、素の攻撃と能力による合わせ技を行っているようだ。いや、むしろこれが本来の颯人の戦い方なのかもしれない。これまでの戦いは、どうやら手加減だったと思わせる戦いっぷりに、唖然とする。
「ますたぁ!!」
颯人のラッシュを止めるために横槍に入ったイヴだが、その攻撃を能力で回避して背後からイヴを蹴り飛ばした。更には能力でイヴが飛ぶ場所へと先回りした颯人は、トドメの一撃を与えるために準備をする。
激しい痛みがうるさい体を動かして、なんとかイヴと颯人の間に立った俺は、颯人の攻撃のクッションになるために殴られる覚悟をする。しかし、それよりも早く晴れた空から雷が颯人に向かって飛んだ。
「ま、ますたぁ……」
「大丈夫か、イヴ」
「心配すべきは主様の容態です。私が雷を放っていなければ上半身が吹き飛んでいたかもしれなかったんですよ?」
「ああ、助かったよ、奈留」
雷のサポートをしてくれたのは奈留だった。だが、流石というべきか、人間では絶対に避けられない雷を回避し、冷や汗の一つもかいていない颯人は楽しそうに笑っていた。
あいつ、さっきまで激おこだったのに、急に楽しそうにしやがって、情緒不安定なんじゃないか……?
イマイチ颯人の情緒がつかめない俺は肩を大きく上下させながら、まだまだ余裕を持て余している颯人を見ていた。
それにしても颯人の戦い方はカンナカムイのそれとは全く違う。カンナカムイが複数の敵を一掃する戦い方に対して、颯人のそれは敵一人を確実に無力化する戦い方だ。自分が持ちうる能力を最大限使い込んで、どうすれば相手が倒せるかを追求した攻撃に無駄なんてものは存在しない。
何より、三対一の状況でも焦らず、核である俺を中心的に痛めつけてくる。嫌になるなんてもんじゃない。学生に本気を出しすぎだ、クソ野郎……。
左腕の回復を確認して、流れる汗を拭うと、ゆっくりとした口調で颯人が言う。
「左腕は回復したようだな。やっぱり、異常なまでの回復力だ。無力化……殺害には手が焼けそうだ」
「ずいぶんと余裕そうだな……」
「そっちはずいぶんと余裕がなさそうだな。さっきまでの威勢はどうした? 黒痘の魔女を救うんだろう? 生き残ってみせるんだろう? 俺を倒さなきゃ、お前の正義は偽善だぞ」
「お前から見た俺は子供みたいなものなんだから、手加減をしてほしいもんだけどな……」
憎たれ口も忘れずに、俺は土煙を上げながら突進する颯人を迎え撃つ。防戦一方とは言え、ある程度は目が慣れてきた。加えて、魔義眼による未来視も併用させて、急所は避けつつイヴや奈留に攻撃を一任するという戦い方を行う。
けれど、着実にダメージは蓄積し、イヴと奈留の攻撃は弾かれる、あるいは回避されるばかりで外傷は一つもない。加えるなら、颯人は疲れを見せないが、俺の心臓は戦闘が始まって半分のところから心停止するんじゃないかというほどに鳴っている。
踏んできた場数が違いすぎる。戦闘における才能も颯人には遠く及ばない。このままではそんなに時間を必要とせずに負ける。
少しでも可能性があるとすれば……。
「やるしか……ないのか……?」
颯人の拳が俺の頬を掠る。急を有する事案に、考える余裕すらない。やるしかない。そう頭が判断して、俺は左手で左目を覆う。
そして、左目に埋められた《終末論》に心なしか力を加えた。すると、何かを悟ったように颯人が俺から距離を取る。そうして言うのだ。驚嘆した小さな声は、やがて戦況の変革を物語る。
「左目から、黄金の炎……?」
どうやら、颯人からはそう見えているらしい。俺には俺の姿が見えないため、何とも言えないが少なくとも変化があるとすれば頭痛が激しくなったことだろうか。
左目に埋められた魔義眼の性能を全開にした。ただそれだけだが、さすがは神々の義眼である。人が使うように作られているというのにもかかわらず、唯の人間が扱うにはあまりにも過ぎた痛みだ。俺が今、かろうじて意識があるのは、不死者になったおかげだろう。
しかしながら、魔義眼の開放は未来を見るためだけにやったのではない。
〈終末点補足。
〈続けて、インストールを開始します――完了〉
〈続けて、アウトプットを開始します――完了〉
〈すべての過程の完了を確認。終末論を起動します〉
頭痛の最中に脳裏に浮かぶのは真新しい言葉。それが新しい力であることはわかっている。しかし、この力は世界の終わりを再現するものだ。颯人が生きた、地獄のような日々を力へと変えたものだ。それでも、俺が颯人と立ち並ぶには、この力を扱うしかない。世界に終わりを迎えさせてでも、俺は今、この力を行使する……!!
「天も地も、母なる大海に至っても、やがて人は管理する。時も、思いも、星の自転さえも、とうとう人類は統率を可能にした。一秒の定義を引き伸ばし、無限とも言える寿命を手に入れて、星の尽くを滅ぼしてまで、人は生を切に願う。ならば言おう。声高らかに謳おう。時よ――全ての基準たる一秒の歩みよ。今一度、その歩みを悠久の如く遅らせて、世界の終わりを引き延ばせ」
俺の言葉は、颯人の思いを謳うものであり、それに気がついた颯人は悲しそうな顔になる。
俺の姿に変化はなく、変わったことと言えば、多分颯人と同じ能力を手に入れたということくらいだろう。そのことに察しがついている颯人は、仕方ないという風に首を振る。
「《終末論》……カインの忘れ形見だから何かしら出来るとは思ったが、まさか終末を再現できるのか。しかも、《完全統率世界》ときたか。俺が救えなかった
「
「そうか――」
悲しそうな表情は、更に深まっていく。何か言いたげだったが、それを飲み込んで颯人の口が動き出す。
――
聞いたことのある単語が耳に届く。何やら呪文のような言葉のその後に、颯人の背中から五枚の種々の翼が右側に広がる。それは白銀の翼であったり、漆黒の翼であったり、龍の翼であったり、金剛石の翼であったり、白炎の翼であったりと、天使とは言い難い翼であった。
俺は頬を引きつらせて、冷や汗を吹き出させる。
あー……これは、とんでもなく嫌な予感がしやがるぜ……。
「その世界はもう通った。二度の失敗がないように準備をするのは、当たり前だと思わないか?」
「勘弁してくれ……」
手加減に手加減を加えてたらしい颯人を、どうも本気を出させてしまったようだ……。
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