第37話 戦う意義

 目を覚まして早々に、俺は颯人と対面していた。憎たらしいような、憎悪あふれるなんとも言い難い表情をする颯人に、俺はもう一度同じ言葉を言ってみせた。


「本当に戦うのか?」

「ここまで来て怖気づいたか? お前がやろうがやらまいが、もう戦いは始まった。お前が何もしなければ黒痘は死ぬし、最後にはお前も死ぬ。ただそれだけだ」

「お前がクロエを狙う理由は知ってる。お前は、いつか出会う嫁さんを救うために、世界を殺す因子を殺すんだ。そうだろ?」


 俺の突飛な発現に動揺を隠せなかったのは由美の方だったが、真っ先に驚いたのは颯人だった。目を大きくして驚愕の眼(まなこ)で俺を見る。


 知るはずのない情報を、何の関係もない俺が知っている。それだけで颯人にとっては立ち止まる理由になるし、クロエとの戦闘をやめさせる最も効率性の高い方法だったのだ。予想通りの反応で、少しだけ嬉しくもあったが、大変なのはここからになると考えれば微塵も幸せとは言い難い。


 一応の落ち着きを得た颯人には、その頭脳から叩き出された結果を以て、さらなる憎悪の感情が読み取れた。


「|視た(・・)のか……? カインの忘れ形見で……?」

「ああ。お前が過ごした世界と、そこで出会ったお前の嫁さんの最後を延々と」

「なら……ならわかるはずだ。世界はいずれ終わる。微塵の不安要素を残せば、必ず世界は死んでしまう。それを止める方法は、もうわかっているはずだ!!」

「わかってる。わかってるから今、俺はお前を止めるんだ」


 言葉の意味がわかっていない颯人は、ふるふると体を怒りで震えさせていた。瞳にはもはや驚愕は存在せず、すべてを知ってもなお、自分の敵になろうとする俺への殺意、怒りで埋め尽くされていた。


 たとえ、恨みを買ったとしても、俺はここで颯人を止めなくちゃいけない理由がある。颯人の未来を知ってしまった。あるいは、それは過去かもしれない。でも、少なくとも俺は颯人の終わりを知ってしまっている。

 特別颯人を救いたいのではない。目の前で困っている人を助けるのは当然なことだから、俺の手に余ることだったとしても手助けをしたいのだ。偽善だと言われても、お節介だと言われても、それが俺の生き方だ。誰にも、それこそ麻里奈にだって文句は言わせない。


 それに――


「お前はもう、世界を救わなくていいんだ。颯人――世界は、一人の力でどうにかなるものじゃないぞ」

「お前が……それを言うのか。神を退け、仲間に引き入れたお前が、災厄と言われた黒痘を守ろうとするお前が、一人の力で世界をどうこうできないって口にするのか!!」


 そうじゃない。そうじゃないんだ、颯人。


 あまり言葉にすることが得意ではない頭な俺の言葉では、颯人の怒りに油を注ぐだけのようだ。もしかしたら、颯人にとって嫁さんのことは知られたくないことだったのかも――いや、絶対にそうだ。同じ立場なら、俺だって知られることを嫌ったはずだ。

 けれど、知ってしまったことには変わりなく、変えようのない事実だ。颯人の怒りを鎮めるには、もう戦うほかないのだろう。お互いが納得のできるところまで戦うしか、これ以上に話を進めることはできないんだと思う。


 俺が目覚めて、颯人と話をしている間に近寄ってきていたイヴと奈留が俺の身を按じて声をかけてきた。


「ますたぁ、ごぶじですかっ!」

「頭を潰された時は、流石にヒヤヒヤしましたよ……」

「心配かけてごめんな。なんとか無事みたいだ。でも悪い。どうも俺は言葉で解決させるってのが苦手らしくてさ。喧嘩することになっちまった」


 言うなり、イヴと奈留の頭を撫でてやった。奈留は少し鬱陶しそうだったが、イヴは嬉しそうに笑っていた。そして、喧嘩をするという言葉の意味を正しく理解したように、奈留とイヴの瞳に日が灯る。

 俺は戦うことを決めた。クロエを守るため、そして颯人を救うため。勝てない戦いに勝ちに行く。


 俺とイヴ、奈留を見て、颯人は呆れたように首を振る。

 そうして、鋭い眼差しは俺を真っ直ぐに貫いた。


「それが、お前の決断か。死んでなお、力の差がわからないなんてな」

「俺も驚きだよ。幼女とムカつく男のために、命すら掛けなきゃいけないなんてさ」

「お前が俺を救う? 高が十八歳が自惚れるな。お前に救えるのは、せいぜい自己犠牲精神の強い幼馴染程度だ。世界の終わりも、黒痘の魔女も、ましてこの俺も、お前なんかが救えるものか」

「十分だよ、それで。俺は、麻里奈が救えればそれだけで十分だ。でもさ、だからって目の前で苦しむやつを放って置けるほど、俺は人間をやめてねぇっつの」


 俺は人間だ。まだ、人間だと思ってる。いや、人間でありたいと考えてるんだ。人間は、困ってる人を救うものだろう?


 どこまでも平行線な俺と颯人の意見は、どちらかが折れない限り交わらない。だが、自分が正義だとお互いが言い張っているために意見を変えることなど出来はしない。

 というか、俺が意見を変えると、俺の命が危ないわけで。俺には死ねない理由をついさっき再確認したのだ。脳裏に浮かぶのは麻里奈――のおっぱいだ。あの感触が、ずっと俺の頭の中で繰り返されている。


「それに麻里奈みたなかわいい幼馴染とサヨナラしたいとは思わないだろ? イヴや奈留だってかわいいし……まあ、クロエもかわいいしな。言っちゃえば、今が俺の絶頂期なわけだ」

「……? 何の話をしてるんだ?」

「俺が死にたくねぇ理由だよ。お前と違って、顔も頭も性格も平凡以下な俺にはな、女の子とたくさん話せる今がとんでもなく奇跡に近い幸せなんだよ」

「だから何を――」

「俺の幸せの邪魔すんじゃねぇよ」


 仲間を含め、颯人たち一同が唖然となる。まるで俺が言った言葉で時が止まってしまったかのように。

 俺が言ったのは、要するに可愛い女の子といちゃつける今を邪魔するんじゃないというもので。

 俺がクロエを救いたいのも、単にかわいそうだからじゃない。可愛い幼女が殺されるのが嫌だったのと、俺が死にたくなかったからだ。欲望まみれだ。欲望に突き動かされてここまで来ている。きっとそれは颯人にとって醜い以外の何物でもないだろう。

 それでも、俺が戦う意味なんてのはそれだけなんだ。


 俺の核心をついた言葉は、どうやら颯人のツボにはまったらしく、腹を抱えて笑いだした。笑い声が肯定に響いている。


「あっははははは。おま、お前……くくくぅ……」

「そんなに笑われるようなことでもないと思うけどな」

「バカ言え。これが笑わずにいられるか。お前今、敵に向かってとんでもねぇことを――いや、これ以上はやめておこう。どうあっても俺とお前が戦うことは決まってる。互いの意見が交わらないなら、従わせるほかないだろ?」

「いや、相手の意見に耳を傾けるとか、最大限意見を尊重するとかあると思うんだけど……」

「俺の辞書に、協調性って言葉はなくてな。それは無理だ」


 テメェは一体どこ生まれの王族だ。ったく。キングオブジャイアニズムじゃねぇか。


 けれど、もう颯人の纏うオーラに先程までの怒りや憎悪は感じられない。俺の本音を聞いて、ある程度は憎悪が収まったようだが、これ以上の会話は無用のようだ。

 この喧嘩で唯一の救いがあるとすれば、颯人が男であることくらいだろう。これで颯人が女だったら、思いっきり殴れないしな。


「やろうぜ、御門恭介。間違いなく、俺が生きてきた中で最も面白いヴィランさんよ」

「ヴィランっていうのやめろ。なんかむず痒いし恥ずかしい。お前の通う高校のただの後輩だ」


 構え直す颯人に対して、俺は横に立つイヴと奈留とともに迎え撃つ。

 俺と颯人の戦いの、第二ラウンドが始まろうとしていた。

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