第27話 生かされる悪

 なんだかんだと校門から色々と事件が起きたが、現在の俺は黒崎颯人に連れられて保健室に引きずられてきた。義姉ぎしである黒崎由美の独断により決められた俺を一時生かすという案件に関して、非常に不満を持っているような黒崎颯人は俺の扱いが酷いなんてものじゃない。階段だろうが、コンクリートの上だろうが、お構いなしに一定速度で引きずるものだから、ボロボロの制服が更にボロボロになってしまう。

 ちなみに、麻里奈も一緒に同行しているが、親友と言われた黒崎由美に肩を抱かれ、なおかつ黒崎颯人に強く言えないのか、俺の扱いに怒りを見せつつも押し黙っている。


 かく言う俺は、徹底的に痛めつけられたために体の再生がまだ終わりそうになく、まともに動かせるのは右腕のみだった。しかしながら、どう見ても異常なる状況を鑑みて、俺はふと思うのだ。


――また面倒なことに巻き込まれた。


 と。


 事実、カンナカムイの一件があって、校舎が脆くなるほどの戦いを強いられたし。なんだったら、校舎改装のために冬休みが二ヶ月もあるという前代未聞の長期休暇が組まれるほどの戦闘だ。その戦闘からまだ一週間も経過していないのに、この惨状だ。本当に俺は、何に手を出してしまったというのだろうか。


 やがて、目的地である保健室へとたどり着くと、保健室のドアを勢いよく開け放った黒崎颯人は、掴んでいた俺を保険室内へと投げ捨てた。


「……ちょっと、けが人を投げ捨てるのはどうかと思うのだけれど?」

静香しずか。そいつを念入りに縛り上げろ」

「学校では望月先生って呼びなさいって言ってるでしょう?」

「うるせぇ。ガキが年上・・に文句を言うんじゃねぇよ」

「……はいはい。これだからあんたのお世話は嫌なのよねえ」


 ……ちょっと待て。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが? え、待って。もしかして、黒崎颯人のやつ今、自分のことを年上って言いました!?


 もしかしなくても言っている事実の意味を理解できない俺は、投げられた衝撃で痛む背中を忘れ、血反吐を吐きながら叫びだす。


「おま……一体何歳だ!?」

「……テメェに言う義理は――」

「私とハヤちゃんは体こそ高校生だけど、過ごしたときは君のひいひいひいおじいちゃんたちの世代よりも前からだと思うよ」

「……!?」


 今、なんて言いました?


 元気ハツラツな可愛らしいお顔の黒崎由美は間違いなく、自分たちは四百歳を超えるという意味で言った。それはつまり、自分たちは真に普通ではないという証であり、しかし何より驚いたのは他にあった。


「黒崎颯人……お前、四百年も留年してるのか!?」

「マジでコロがすぞテメェ!! んなわけがあるかガキが!!」

「だ、だって……今、高三なんだろ……?」

「これはな――」

「新しく家族になった私達の妹がこの高校に進学することになったんだよ。だから、数十年ぶりに顔を見せに来たってわけ。あっ、でも麻里奈ちゃんは昔からお友達だよ。ね?」

「あ、えっと、はい……」


 いや、明らかにお友達って雰囲気じゃないんですが……。むしろ、おれたち、ともだち! だろ? お金貸して、にしか聞こえないんですが。

 というか、生まれるはるか前から生きていらっしゃる人とお友達になれるほど、麻里奈は破天荒ではないだろう。むしろ、優しめな近所のおばちゃん――。


「間違っても私のことをおばちゃんとかって思っちゃ駄目だよ?」

「滅相もございません。もうね。とてつもなく綺麗なお姉さんとしか思えませんな、あっはっはっは」


 死ぬ。これは死ぬ。いや待って、黒崎颯人も黒崎由美も姉弟揃って危険なんですね。僕、今にも泣きそう。


 なんとなく、麻里奈が文句があっても何も言わなかった理由がわかった気がする。良くも悪くも、この二人は長生きしている。そのせいで、正しさと悪しさを十二分に理解しているのだ。だから、この二人とは正義という言葉で勝負すれば、先程嫌という程味わった違和感を覚えるのだ。


 保健の先生に両手両足を縛られた後、十分に体が回復した俺は、ふと思いついたことを聞いてみることにした。


「黒崎颯人も、由美さんも。もしかしなくても不老不死かなにかで?」

「そうだよ。でも、君とはだいぶ違う……というか、君がかなり特殊ケースなんだけどね」

「俺が特殊? いや、まあ死ねない体とかいうやつをもらったけど、それは由美さんたちも同じですよね…………?」

「違う違う。少なくとも私達は神様に譲歩してもらった不老不死じゃないし。何より、何世紀に一回の確率で稀に現れる不老不死の発生は、決まって世界矛盾って言われる世界が取りこぼしたバグを見つけちゃったことによる恩恵だよ」


 はて、世界矛盾? 俺以外にも何人かの不老不死が存在する?


 世間一般では語られることのない言葉を聞いて、俺は首を傾げてしまう。

 理解していない俺に、黒崎由美は保健の先生を指さして言うのだ。


「静香ちゃんも不老不死だよ。確か、今百六十年だっけ?」

「そんなに生きてないから。まだ六十年だから」

「あれ? そうだっけ? サバ読んでない?」

「サバ読んでるのはあなたの方でしょう!? 何が四百年よ、桁が一つ違うじゃない……」

「あはは~。ちょっと何言ってるかわかんないな~。ともかく女の子に年齢は聞いちゃダメだよね~」


 養護教諭、望月もちづき静香しずか。年齢不詳となっていたが、三十代前に見える美貌は、よもや蓋を開ければ六十代と……。


 もう女性の何を信じれば良いのかわからなくなるほどに幻滅した俺は、流石に処理できない現状を涙目で麻里奈に助けを求めるが、麻里奈はそっと俺から目をそらした。

 どうやら、麻里奈もこのくだりに参加したくないようだ。……まさか、麻里奈も不老不死とか言わないよな?


「……麻里奈――」

「違うよ。私はただの女子高生だからね。むしろ、私以外が不老不死ってだけだよ…………ほんとだよ?」

「そうそう! 麻里奈ちゃんはただの人間・・・・・だよ。だから、巻き込みたくない・・・・・・・・よね?」


 小奇麗な顔で、脅迫にも聞こえる言葉が俺を貫いた。

 きっと、何か不審な行為をすればすぐさま麻里奈に危害を加えるという意味だろう。一体、それのどこが親友なのだろうか。やっぱりそっち系の友達だったというわけか。

 だが、麻里奈を傷つけてまで助かりたいとは思えない。俺は降参の意を示して首を縦振る。


「手荒な真似はしないよ。そこは安心してほしい」

「でも、殺すんだろ?」

「ああ……あれは方便だよ。そもそも、不老不死を殺せたら、それこそ本物の不老不死が誕生するんじゃないかな」

「じゃあ、一体どういう意味で……」


 俺と黒崎由美が話していると、割り込むように黒崎颯人がやってきて、その先を語る。


「不老不死は確かに死なない。ただ、それは肉体の話だ」

「……?」

「要は死にたいと思わせればいい。二度と生き返りたくないと思えるようにしてやることだ。簡単に言えば、精神を殺してやればいい」

「そんなことが、できるのか……?」

「できるから俺はお前の抹殺を頼まれたんだ。そこを履き違えちゃいけねぇよ」

「……もうできるできないの話じゃなくて、達成できる確信があるってことかよ」


 俺の返しに強く頷いた黒崎颯人を見て、俺はこれからどんなことが起きるのかを考えるのはやめた。横目で見た麻里奈が今にも飛び出しそうな目をしていたから、そちらを静止させるほうに尽力したのだ。

 首を横に振った姿を見た麻里奈は、震える手を静かに下ろしてみせた。


 そうして、痛めつけるためか黒崎颯人が俺に近づいた次の瞬間。俺の両手両足は自由になる。


「……どういう風の吹き回しだ?」

「先輩に対する誠意が感じられないな」

「人のことを殺すとか言っておいて、これはどういうことだよ?」

「はぁ……姉ちゃんがさっき言ったろ? 方便だ。俺は確かにお前を抹殺するように依頼をされた。だけどな。俺は依頼主に、お前を抹殺するとは一言も言ってない」

「……というと?」

「今日は見極めに来たのさ。お前という新たな不老不死が俺の敵なのかどうかをな」

「でも、俺はお前にとっての悪なんだろ?」

「ああ。だが、正義に付くか、悪に付くか迷っているうちはまだ、救いがある。それに、お前を殺すよりも大切な仕事が残ってるんでな」


 俺を殺すよりも大切な仕事?

 多忙そうな黒崎颯人は短い息を吐いて、養護教諭の望月先生を見た黒崎颯人は言った。


「静香。黒痘こくとうが逃げた。意味はわかるな?」

「……せいぜい気をつけておくわよ」

「違ぇ。いざとなったらお前が盾になれ。この地で人の血を流させるな」

「……わかりましたよ、ええ。結局、私は損な役回りってことでしょう? 慣れてるわよ、もう……」


 なんだかわからないが、話が一段落を済ませたらしい。どうやら俺も生きているようだし、一件落着ってことでいいのかしらん?


 とも思っていると、俺の額に柔らかい感触が当たる。何事かと思うと、それは不意を突いた黒崎由美の口づけだった。ともかくマウストゥテンプルなわけだが、これは一体どういうハプニング!?


「へへっ。幼馴染くん。ちょっとかわいい子かもね。気に入っちゃったよ。何より、麻里奈ちゃんの大切なおもちゃみたいだし」

「へ? え? は?」

「ちょっと待って由美!? な、何してるの!!」

「あはは~。やっぱり麻里奈ちゃんで遊ぶ時は、君をイジったほうが楽しそうだよ、幼馴染くん」


 などと言って、黒崎姉弟は保健室を後にした。

 残されたのは放心状態の俺と、どのような感情でそうなったかは計り知れないが顔を真赤にした麻里奈。そして、これをどう収集すればいいのかわからないという養護教諭の三人だけだった。

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