第28話 龍神の加護

 呆れに呆れた顔が目の前に出てくる。

 大事を取って保健室で午前中は寝ていろと麻里奈に言われた俺は、大手を振って授業をサボっているわけであるが、その矢先にこれだ。俺の目の前にいるのは、雷龍神カンナカムイ。人の形をしているが、本当は巨大な体を持つ龍であり、先日俺を殺してくれやがった元凶である。


 そのカンナカムイが呆れている理由はわかっている。今朝方のみっともない敗北だろう。

 黒崎颯人とその義姉の黒崎由美は不老不死でありながら、他にもいると言われる不老不死を殺すことができるという。そいつらに麻里奈の家が俺の抹殺を依頼したとかなんとかで、俺はあえなく襲撃されたわけだが。これがもう大敗退だ。強すぎるなんてものじゃない。圧倒された。

 その件で、カンナカムイは物申すようである。


「俺に勝っておきながらみっともない敗北もあったものだな」

「……」

「それで生娘を守れるのか。いや、実際は守れそうになかったようだが?」

「……」

「聞いているのか、糞餓鬼くそがき

「ええ、ええ。聞いてますよ。聞いてやってますよ。ホント申し訳ありませんね!」

「何を不貞腐れている。だから貴様は駄目なんだ」

「ねえ、テメェは俺の心を折りに来たんですか!?」

「もちろん」

「もー帰れよ!?」


 これ以上に無い嫌がらせである。養護教諭の望月先生も突然の雷龍神の来訪で一瞬驚いたかと思ったら、色々察したように保健室でタバコを蒸かし始めた。いや、校内は喫煙全面禁止だった気がするのですが……。


 俺は助けを乞うように望月先生に声を掛ける。


「望月先生、こいつ追い出してくれます!?」

「嫌よ。触らぬ神に祟りなしっていうでしょう?」

「当てはまりすぎて何も言い返せねぇんだけど!? いやマジで! こいつがいるだけで俺の心がマッハで削られる気がするんですって!」

「大丈夫よ。私がタバコこれを吸っている限りは他の人はやって来ないし、じっくり話ができるわよ。そうね、あと十分は余裕ね」

「だから、さっさと追い出したいんですが!? てか、そのタバコすげぇな!?」


 でも、そんなお節介はいらなかったです。違う優しさをください。


 すべての状況をわかった上で、カンナカムイが話を戻した。大分、大きなため息が伺えたが、もう何も気にしないようにしよう。心が痛い。


「前々から思っていたが、お前には防御力が足りん」

「そりゃあ、高校生ですから? 普通の高校生は神様と戦うような防御力は必要ないでしょうよ……」

「この俺を倒した貴様が普通の高校生なら、日本はとうの昔から戦勝国だ」

「……」


 御尤ごもっとも過ぎて何も言い返せませんな。はっはっは、帰ってくれない?

 というか、俺をそんな体にしたのはお前なんだが、その自覚は果たしてお有りなのでしょうか。いやー、なさそうな顔をしていらっしゃいますね。ほんともう……困りものですわ。


 しかして、防御力がどうのと言ってもただの高校生だった俺には特殊なものは何一つとしてなく。いや、色々と手に入れて、斬ったら治らない剣や雷の数十倍の電撃が放てたりできるようになったが、防御力にはどうしても直結しない。

 かといって、家に帰れば盾の一つでもあるのかと聞かれても、もちろんそんな特殊な戦闘一家ではないのであるはずもなし。

 果たして、お説教を加えたカンナカムイは俺にどうやって防御力を上げろというのか。


「だから、良いものをくれてやろう」

「いや、普通の高校生でいたいから別にくれなくても良いんだけど……。てか、《簒奪のメダル》に収納したら、取り出すのがホントに大変なんだよ。こないだも一時間も夜中に停電したようだし」

「安心しろ」


 言って、カンナカムイは左腕を上げると、左上でだけが龍化した。

 さすがの望月先生もカンナカムイが龍神というのは気がつけなかったらしく、その様子を見てせていた。かく言う俺も少しだけ驚いて目を丸くさせていた。


「脱げ」

「……え、お前ってそういう趣味?」

「焼き殺すぞ。良いから脱げ、俺の血を浴びさせて、物理的に防御力を上げさせる」

「そんなことができるのか?」


 急に脱げなんてイケボで言うから、本当にそっちの気があるんじゃないかとも思ったが、本人はいたって真面目だったようだ。しかし、カンナカムイの血を浴びた程度で防御力が上がるのか?

 服を脱ぐのを渋っていた俺に、望月先生が右手の人差指と中指でタバコを挟んで口から外し、白い煙を吐きながら言う。


「竜の血は昔から体を清らかにすると言われてるわ。不治の病であっても完治し、かの英雄ジークフリートは竜の血を浴びて不死身の体を手に入れたとも。だから、竜の血を浴びることで防御力? が上がるのは考えられるけれど、多少の危険を孕んでいるんじゃない?」

「もちろん。失敗すれば意思なき龍に堕ちる。そうなったら、速やかに俺が殺すから問題はないだろう?」

「そりゃあ、学校としてのな!? 俺には十二分に大問題だっつぅの!!」

「なに、失敗しなければいいだけのことさ。それに、貴様はただでさえ人間ではない。擬人神アイヌラックルならば、成功率はほぼほぼ十割と言えるだろうよ」


 そういうものなのか? 間違っても、こないだ斬られた恨みを晴らそうだなんて考えていませんよね?


 大いに不安はあるが、黒崎颯人との戦いを経て、俺には強くなるほか日常を生きる術がないと知った。タナトスに魔義眼終末論《アヴェスター》を埋め込まれ、カンナカムイを倒した日から、俺は強くなる以外に道は潰えたのかもしれない。

 だったら、賭けをしてでも強さを選ばなければならないのではないか。そう思ってしまうのは、おかしいことだろうか。


 首を横に振り、俺はカンナカムイに言った。


「わかった。やってくれ」

「そんなに力まなくてもいい。なに、龍神の加護をただで得られると考えれば、気が楽だろう?」

「いや、できればエロの神様からエッチなシチュエーションをもらったほうが何十倍もマシな気がする」

「生娘に打診しておこう」

「冗談が通じねぇな、おい……」


 本当に冗談が効かない神様である。

 制服を脱ぎ、パンツ一枚の姿になった俺は、ベッドから離れて保健室の中心に立った。俺の前に立ったカンナカムイが龍化した自分の左腕を咥えると、勢いよく引きちぎる。そういった痛みに慣れているのか、カンナカムイは何も言わず、流れ出るおのが竜血を俺の体に向けて掛ける。


「すんごい生臭いんだけど……」

「言っても血液だ。そういう匂いはするさ」


 全身にカンナカムイの血を浴びて、十分が経ったかというくらいに濡らしたタオルで全身を綺麗に拭い、自分の体を見てみたが、特に変わった様子はない。本当にあんなことで防御力など上がるのだろうか。そう疑問に思っている俺に、カンナカムイが命令してきた。


「服を着たら、そこに立ってみろ。そして歯を食いしばれ」

「……は?」


 歯を食いしばれとは一体何事か。だが、言われるがままにしてみると、カンナカムイのくっついた龍化した左腕が殺す勢いで俺の腹部を叩く。

 勢いもあったため、腹の中の空気が一気に抜けるような感覚があり、加えて激痛が腹部を襲う。


「ってぇな!? なんでいきなり殴って――」

「まだわからないか。俺と死闘を行ったときのお前だったら、今の攻撃で全身が吹き飛んでいた。今はどうだ?」

「……いや、無事だけど。って、もしかして――」

「ああ、成功だ。俺が思っていたような変化はなかったが、それは異教神タナトスの細工が原因だろう。とにかく、貴様は硬くなった」

「めっちゃ痛いんだけど……」

「我慢しろ。痛みがあったとしても四肢が動けば逃げることはできる。まあ、貴様のことだ。動ける体ならば、逃げることなどせずに大敵に立ち向かうだろうがな」


 俺としては大敵と戦うとかっていう高校生にあるまじきワードに遭遇したくは無いのだが、もう諦めなければならないのだろう。来たるべく、黒崎颯人との戦いで、俺が少しでも戦えるようでなければ、本当に殺されてしまいそうだしな。


 ちょうど時間を迎えたらしく、望月先生が吸い殻を灰皿に押し付けていた。


「はい終了。解散解散。これ以上、面倒事を起こさないで」

「言われずとも消えるさ。俺としても、糞餓鬼と一秒でも一緒にいたくはない」


 すごい言われようだが、カンナカムイにした行いから考えれば当然なのか。霧のごとく消え去るカンナカムイを後にして、俺もそろそろ自分の教室へと向かうべく動き出そうとしていた。

 それを背後で止めたのは望月先生で。その言葉にはか細い忠告が込められていた。


「気をつけなさい。黒崎颯人は、神の加護ごときじゃ止められないから」

「……」


 ホント、俺は一体どれだけのやつに命を狙われているんですかね。

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