第21話 言葉の行方
「俺を……生かすだと? 生娘……お前は自分が何をされたのかを忘れたか」
恭介のせいで街から電気が無くなった後、戦いは確かに終息した。カンナカムイの完敗という結末を以て。
しかし、それをどうしても認められなかった女がいた。麻里奈である。カンナカムイに永劫の自由を奪われようとしていた彼女が、どうしてカンナカムイの敗北を認められなかったのか。その理由を、
「忘れるわけがありません。あなたが、
「……」
カンナカムイは押し黙る。まるで図星を突かれたかのような顔だ。
状況を少しずつ理解していた恭介は、終わった戦場に腰掛けた。ここからは麻里奈の出番であると暗示するよう、存在を薄くしたみたいだ。
ただ寝そべるカンナカムイに麻里奈は続けた。
「あなたがこれを認めなくとも、私は知っています。確かに、きょーちゃんとの戦いを望んでいたのでしょう。私との婚約はその格好の餌だったかもしれません。けれど、その本質は全く違う。隠そうとしても無駄ですよ」
「……何の話をしているのか、さっぱりだ。俺は疲れた。もう話すな」
「何を逃げているのですか。守ろうとした手前、敗北したのを恥じているのですか。看破されたことを恥じているのですか。それとも、私をその程度の女だと認識していた自分を恥じているのですか」
「……」
「それはあなたの罪。奇しくも、その罪は清算されました。なら、もう恥じることはないでしょう?」
「……あぁ、まったく」
丁寧な物言いの麻里奈の目は至極真面目なものだった。対して、カンナカムイの方は言葉を交わすごとに引きつらせる。全てが図星だとわかるほどに顔に出たカンナカムイを見て、そういう姿に身に覚えがある恭介は少し笑っていた。
麻里奈は強い。脚力や
曰く、麻里奈に敵う相手はきっと神様のみだ、と。かつて恭介がそういった。
心臓を雷で穿たれ、瀕死になったとしても麻里奈は冷静だった。冷静に現場を見極めていた。だからこそ、麻里奈は気がついてしまったのだ。
自分が生きているという、圧倒的な違和感に。
「あなたが本気でこの場を戦場としたなら、私はただではありませんでした。だってそうでしょう? あなたは龍神。この街の機能を一瞬で奪い去ることができるほどの力を持っているのですから」
「わかった……」
「実際に雷に撃たれて瀕死になったとはいえ、即死ではなかった。普通の女の子ではないとはいえ、ただの人間の女である私がこの瞬間まで生きていることも不可解です」
「認めるから黙れ……」
「考えて、あなたの言葉を思い出しました。あなたは初めから、きょーちゃんのバックに神様が関わっていることに気がついていた。殺したはずのきょーちゃんが生き返っていることから、バックに居る神が生死に関わっていると考えるはず……」
「もういい……」
「だから、私がギリギリ死なない程度の雷撃を打ち、あなたはきょーちゃんとの本気の戦いと、その背後にいる神の存在を知るという二つのことを成し遂げた。違いますか?」
「ホント口が減らない女だな!? わかった、わかったよ……全て認めよう。俺は貴様を守るために
顔を真赤にしたカンナカムイが上半身を起こして叫んだ。話を遮られた麻里奈は、黒い笑顔を見せながらカンナカムイの胸に足裏を押し付けて、無理やりカンナカムイを地面へと寝かせた。
これまでのお返しだと言わんばかりの表情に、こればかりは恭介もカンナカムイに同情した。曰く、普段怒らない人間が怒ると、すごく怖いらしい。それは、麻里奈にも適することでもあった。
「そ・れ・で? 守ろうと思っていた私に攻撃した……へぇ?」
「ぐっ……」
「そもそも、縁もゆかりもない私を救おうとする考えすらちょっと下心を感じちゃうなぁ」
「ぐぅっ……!」
「正直に一目惚れしましたって言ったらどうなの? ねぇねぇ、実際どうなの?」
「ホント性格悪いな貴様! そうさ! 一目惚れだ! 何が悪いというのだ! 神、人間問わず、男というのはなぁ! 惚れた女に良いところを見せたいと思うものさ!!」
カンナカムイの悲しげな叫び声は暗い学校の屋上に響き渡る。
しかして、カンナカムイもそろそろ時間が近づいているようだ。その御姿には覇気がなく、威風堂々としていた空気はもはやその痕跡すら残していない。残響のごとく脆い存在へとなりつつあるカンナカムイに向かって、麻里奈は腹を抱えて笑った。
その笑いを儚くなる自分に向けての嘲笑だと思ったカンナカムイは、やむ無しと麻里奈から目をそらす。だが、その勘違いを正すかのごとく、麻里奈は言うのだ。
「いいよ。許してあげる。……あなたは優しいけど、不器用だから。きっと、誰かを守るってことが苦手なんだよね。今回は失敗しちゃったかもしれない。もしかしたら、これが初めてじゃないかもしれない。でも、あなたは間違ってはいなかった。誰かを救おうとする心は、誰も悪だとは言えないよ」
「貴様……これは……」
カンナカムイの体が発光を始めた。神としての神格の回復を感じるカンナカムイは、麻里奈が行っていることにすぐに勘付いた。
麻里奈は両手を広げてカンナカムイを迎え入れた。これは守護神契約という、麻里奈が巫女として最初に覚えた、神との
「貴様。これがどういうことを指しているのか、本当にわかっているのか?
「これは投資。これからきょーちゃんはもっと大変な戦いに巻き込まれるかもしれない。その時、あなたがいるだけで戦況が変わるかもしれない。そのIFのための投資だよ」
「貴様はまた……はぁ、認めざるを得ないな。その契約を受け入れよう。俺は、貴殿の永遠の盾となり、鉾となろう。貴殿に永劫の幸福があらんことを」
契約の受理が行われ、みるみるうちにカンナカムイは回復していった。ただ、ダーインスレイヴに切られた傷は治癒せず傷口が閉じただけだが。片腕の龍となったカンナカムイは、されど堂々とした立ち居振る舞いを取り戻したのだ。
命の恩人たる麻里奈を横目に、笑顔でいる麻里奈が癪に障った。如何せん勝てぬ相手だとわかると、カンナカムイは今回の勝利者たる英雄、恭介の下へと向かおうとするが、ふと目を丸くした。
カンナカムイの視線の先にいる恭介がボロボロの戦場の上で横たわっていたのだ。
「疲れて寝ちゃったみたい」
「……なんとも締まりのない英雄だな。まさか、こんな男に敗れるとは」
「不思議でしょ? きょーちゃんって昔からこうなんだよ。絶対に無理だってわかっていても、馬鹿みたいに突き進むの。あ、でもね。一度だけ聞いたことがあるんだ」
「何を?」
「無理無茶無謀な道にどうして挑むの? その先には一体何があるの? って。そしたら、なんて答えたと思う?」
「……検討もつかん」
「誰も想像できない景色と、麻里奈に怒られる日常。だってさ。ほんともう、ってその時は呆れたけど。きっと、そういう人が稀に英雄って呼ばれるんだろうなって、今なら思うよ」
「それは……あぁ。俺は負けるべくして負けたんだな」
いろいろと納得したようなカンナカムイは眠っている恭介を背負うと、麻里奈に連れられて屋上を出ようとする。ボロボロになった屋上を出た三人は、内装までボロボロになった校舎の中を歩いていき、やがて校庭へと足を進めた。
前をゆく麻里奈を見つめていると、ふいに麻里奈がお礼をしてきた。
「ありがとう」
「……何がだ?」
「私一人じゃ眠っちゃったきょーちゃんを運び出せなかったし、何よりも私を救おうとしてくれて。……私を救おうとしてくれた人は二人目だよ」
「……一人目はやはり」
「うん。きょーちゃんだよ。小さい頃、きょーちゃんが私を助けるって言ってくれたの。まあ、それから十年くらい経っちゃってるけど。ちゃんと約束を果たしてくれたんだ」
「……そうか」
やるせない気持ちと、藪を突いた気持ちは晴れない。
恭介が行った武装化の影響は未だ続いている。街の方では戸惑いの叫びが聞こえ始めた。災厄を退けるために、最悪を起こす恭介は英雄とは呼べないだろう。だが、こと麻里奈に至っては確実に……。
「わ~、きれい」
「ん?」
空を見上げてそう呟いた麻里奈に釣られて、カンナカムイも空を見上げた。
そこには、カンナカムイですらも見たことのない満天の星空が広がっている。おそらくカンナカムイの曇天が晴れ、恭介の武装化のせいで街中の明かりがなくなったために起きた事象だろう。
生まれて初めて見た最もきれいな夜空を観ながら、はしゃぎまわるボロボロの白無垢を着る麻里奈を見つめてカンナカムイは微笑んだ。そして……。
「ああ。本当に綺麗だ」
静かな言葉は、果たして麻里奈に届いたか。あるいは、
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