第11話 再会と会合

 神様っていうのは、存外どこにでもいるものだ。例えば、街を歩いていると、ふとすれ違ったりするという風に。


 麻里奈にお灸をすえられた挙げ句、夜ご飯の材料が足りないから買ってこいと命じられた。無断で裸を見た以上、断ることができない俺は渋々と買い物に来ていて、その矢先で俺は一人の神様と出会うことになってしまったのだ。

 しかも、その神様というのが宿敵とも言える相手で。世間はやっぱり狭いんじゃないかと思わせられるほどの再会であった。

 その相手とは、先日俺をぶっ殺してくれやがった黒服で。今俺達は、出会った場所からほど近い喫茶店でカフェを嗜んでいた。


「……」

「そう硬くなるな。俺としてもお前に聞きたいことはあるんだ」


 ブラックコーヒーを一口飲んでから、黒服はカップを手にそう言ってくる。

 俺としても、せっかくの美味しいコーヒーをまずくしたくはない。空気を悪くするわけではないが、どうにも黒服と良いやつだとは思えなかった。それに加えて、先程からずっと威圧のような眼差しを向けられていては美味しいものもまずくなってしまうというものである。


 さて、黒服の聞きたいこと。それは十中八九、俺が生きている理由だろう。

 ここで、俺はお前と喧嘩するために生き返ったなんて言ったら、黒服のことだから今からでもやり合おうなんて事になりかねない。ここは俺のお気に入りの喫茶店だし、何より黒服と戦うにはまだ時間が早い。俺の左目に収められた魔義眼の定着まで、まだまだ時間がかかるのだ。

 では、悟られぬように話をしなくてはならないだろう。


 とりあえず、何かを話さなくては怪しまれると思って口を開く。


「案外、神様っていうのも暇なんだな」

「なに?」

「だってそうだろ? 夕方に歩き回ってるなんてさ」

「俺の仕事は主に間引きだ。良い人間(やつ)悪い人間(やつ)を選別して、悪い人間は間引いていく。この街には比較的良い人間が多いってだけで、仕事をしていないわけではない。それに、この街にはいい女も多い」


 最後の一言。絶対、嫁さん探しだよな……。


 黒服に奥さんがいるのかいないのかはさておき、人間を間引くとは、きっと俺が殺された日に横に落ちていた焼死体のことを指しているんだろう。あの焼死体が生前なにをしでかしたのかはわからないが、死ぬほどのこととは一体どんなものなのだ。俺には想像もできない。


 もう一度、コーヒーに手を出す黒服。そして、今度は黒服の方から質問が飛ぶ。


「お前、擬人神アイヌラックルだな?」

「……俺も様々呼ばれ方するけど、そんな変なあだ名は初めてだぞ?」

「なんだ。聞かされていないのか。いいや、違う呼ばれ方をされたか。《常勝の神デウス・エクス・マキナ》。《擬人神アイヌラックル》。《希望の光リーヴ》。さあ、どれか一つでも聞いたことはあるあろう?」

「……いや? 全然」

「……なに?」


 一体何を不思議がっているのだろうか。というか、さっきの言い方的に俺が生き返っている理由にも勘付いている……?


 相も変わらず、神様たちのつながりはわからない。どこからどういう風に情報が広まっているのかもわからないし、何より俺が知らない情報を黒服が知っているというのが、まずもって大問題だ。

 こんなことなら、タナトスにすべてを聞き出してから出歩くべきだった。まったく、あいつ今度はどこへのらりくらりとしているんだ。


 ふむ、と。黒服が息を吐いて少し考える素振りを見せた。そうして、俺のほうを真っ直ぐに見つめたかと思えば、ゆっくりとコーヒーを飲み干して、席を立つ。


 もう話すことはないとでも言うのだろうか。俺からすれば、知っていることをすべて吐いていってほしいものだが、何がこいつの逆鱗なのかわからない以上、うかつに物を言うことができない。この場合は、静かに行かせるべきなのだろう。

 そう思って、俺は特に何も言及することなく黒服を行かせようとした。だが、その歩みは止められることになる。


「全員、動くな!」


 怒声が店内に響いた。

 何事かと思って声の方を見ると、覆面姿の大男がサバイバルナイフを片手に入り口を占拠していたのだ。所謂、強盗だとわかると、店内でコーヒーを楽しんでいた客たちが一斉に叫び始める。そうして、制御できなくなった感情が行動に出ると、大男は見せしめに客の一人を捕まえて太ももにナイフを突き刺した。


「ぎゃああああっっ!」

「静かにしろ! 全員、席に戻って貴重品をテーブルの上に並べろ!」


 決して大きい店とは言い難いが、店内には十数人の客がいた。その客すべてが席につき、貴重品を並べ始める。が、例外が一人いた。黒服だ。

 黒服は言われたとおりの行動をせず、ただ黙々と大男を見ていた。視線がぶつかったことで、大男が黒服に向かって怒声を上げた。


「おい、お前! 席に戻れって聞こえなかったのか!」

「そう喚かなくても聞こえている。だが、俺がお前の言葉に従う理由は微塵とて有りはしない。そうだろう?」

「な、なに!? お、お前、こいつのようになりたいのか!」


 そう言って大男は太ももを指した客を指差す。負傷した客は低いうめき声を上げながら地面を這いつくばるようにもがいていた。大男と黒服が緊張状態に入ると、周りにいた客も同じく緊張し始める。


 しかし、黒服が神様だと知っている俺からすれば、大男のほうを心配してしまう。

 確かに、大男は強盗だ。けが人だって出している。黒服の言葉が正しければ、黒服の仕事は人類の間引き。黒服が大男を良い人間だと見るには、かなり無理がある。だが、大男は死ぬべきほどの罪を犯しただろうか。


 やがて、選定を終えたという風に、黒服は大男に指鉄砲を向ける。それを見て、俺は自分が殺されたときのことを思い出して、瞬時に駆け出した。


「やめろ黒服! その男はまだ、誰も殺しちゃいないんだぞ!?」

「だからどうした? お前はあの男が悪ではないと言うのか?」

「それは違う。悪だとしても、命まで取られる筋合いはないってことだ」

「何が違う? お前は、好きな女の太ももをナイフで刺されても同じことが言えるのか?」

「それは……」


 ふいに脳裏に麻里奈の姿が映る。地面で這いつくばる客と麻里奈の姿を似せて見ると、どうにも憤りが押さえられなくなりそうだった。


「悪は所詮悪だ。それに上下の差はない。見る立場が変われば、自ずと出てくる答えも変わる。なんだったら聞いてやろうか。あそこで這いつくばっているやつに、この男を殺したいか否かを。当然のように、殺してほしいと乞われる。それでもなお、お前はこの男が生きているべき人間だとでも?」


 確かに、黒服の言っていることは一部正しいのだろう。でも、一部だけだ。すべてが正しいわけじゃない。それに、黒服の目線はやっぱり神様の目線でしか無い。黒服は、人間の目線で話をしていない。


「だとしても、その男は死ぬべき罪を犯していない。誰か一人が死んでほしいと願い、それがまかり通るとしたら、人間は絶滅する」

「……それでも構わないと言ったら?」

「やっぱり、俺はお前が嫌いだよ、黒服」


 その言葉を最後に、喫茶店の窓ガラスが勢いよく爆ぜた。そして、同時に見知った幼女が店内へと飛んでくる。その幼女は俺と黒服の前に立つと、俺の方を向いて心配そうな顔で聞いてきたのだ。


「だ、だいじょうぶですか、ますたぁ!?」


 その幼女は、ダーインスレイヴ。俺をマスターと呼んでくれる伝説の魔剣。

 だが、どうしてお前はいつも裸なんだ……?

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