第12話 剣は鞘から抜いてなんぼの代物

 窓ガラスを割って入ってきた幼女に唖然とする一同。

 俺は、その正体を知っているだけに、申し訳なく思ってしまう。しかし、ことがことだけに、このタイミングで現れてもらえたのはとても喜ばしいことだった。ダーインスレイヴは、何を隠そう伝説の剣である。ダーインスレイヴを使えば、さすがの強盗でも無力化できるだろう。


 だが、俺は一つ重大な事実に直面してしまった。

 そう言えば、ダーインスレイヴを剣に戻すにはどうすればいいんだ……?


「な、なんだ、そのガキは!?」

「あー……な、なあダーインスレイヴ。お前って、どうやったら剣に戻れるんだ?」

「はいぃ!? ますたぁがごぞんじなんじゃないんですか?」


 ……どうしよう。もしかしたら、ダーインスレイヴが来たところで、状況が悪化しただけかもしれない。


 だがしかし、焦るよりも先に頭を働かせる。ダーインスレイヴの使い方はわからないし、この危機を突破しないと黒服が死人を作ってしまう。別に、強盗を助ける謂れはないけど、ここで黒服を止めることができなければ、もしものときに俺は黒服を止めることができない。

 そうなった場合、タナトスが俺を捨てて、麻里奈を選択しないとは言い切れない。俺に魔義眼を入れた前準備である肉体の再構成が必要だとすれば、麻里奈が殺されることになるのだ。


 強盗程度、ダーインスレイヴがいなくともどうにでもしようはある。なにか別のもので無力化すれば良いのだ。ただし、時間はそう多くない。見せしめに刺された客の足からは、思った以上に今もドクドクと血液が流出している。時間をかけ過ぎれば失血死も考えられる。


 最短で打開策を見つけて、より早く強盗犯を無力化する方法。

 ……そんなものが見つけられるのならば、俺はただの高校生なんかしていなかった。


 どうやら、俺は無能だということを自分に言い聞かせる羽目になりそうだ。まるで打開策が思いつかない。そりゃそうだろう。ただの高校生が、強盗犯に脅されている状況で、最良の一手を打てるなんて、漫画の主人公じゃあるまいし、そんなことができるわけがない。

 現実の高校生は、叫ぶことも考えることもできない。ただ焦りの中で静かにしてしまうものなのだ。


 俺が必死に空回りする頭で考えていると、不思議そうな顔をしたダーインスレイヴが、俺に質問してくる。


「ますたぁ?」

「今、忙しいんだ。少し黙って――」

「もしかしなくても、あのだんせいをたおせばいいんでしょうか?」

「……え、倒せるの?」

「はい? ええ、まあ。おのぞみであれば、こまぎれにも……」

「無力化だ! 外傷は少なめで、五体満足で! 気絶するだけに留めることはできるか!?」

「えぇ!? あぁ、はい!」


 何だよ、ダーインスレイヴめっちゃ使える子じゃん!


 希望が見えた気がした。どうやら、ダーインスレイヴが強盗犯を倒すことができるらしい。言い方的に、滅茶苦茶強そうだが、容姿からまるでそれが見て取れない。

 しかし、馬鹿にできないのがダーインスレイヴの正体である。やっぱり、伝説の武器っていうのは、伊達ではないということだろうか。


 俺たちのやり取りを見ていた黒服は、フッと笑い、近くの椅子に座った。表情が笑っているところを見ると、お手並み拝見というところだろうか。

 正直、ダーインスレイヴがどこまで強いのかはわからないが、ここで活躍してもらわなければ、もう俺に残された手は存在しない。願いを込めて、俺はダーインスレイヴに言葉を放つ。


「頼む、ダーインスレイヴ。あの強盗犯を無力化してくれ」

「りょーかいです、ますたぁ!」


 言うなり、ダーインスレイヴは強盗犯へと駆け出す。裸足がタイルを走る音が響く数秒の間、強盗犯は近づくわけのわからない幼女に動揺し、強盗中という緊張状態の中で、右手に持っていたサバイバルナイフを無闇矢鱈むやみやたらに振り回した。

 客たちの悲鳴も介さず、俺はダーインスレイヴの動きだけに集中していた。客はダーインスレイヴが強盗犯に殺されてしまうと叫び声を上げるが、実はそうではない。よく見れば、ダーインスレイヴの動きは実に効率的なものだった。向かってくるナイフを紙一重で躱しつつ接近するさまは、まるで幼女を匂わせないもので。さながら、熟練した軍人であった。

 そうして、程よく接近したダーインスレイヴは、向かってくるナイフを人差し指と親指で挟んで静止させたのだ。


「こんなそまつなもので、このわたしをきろうなんて」

「なっ……!?」


 パキンッと。高い音が鳴る。それと同時に、客たちの悲鳴も止んだ。

 音の発生源はサバイバルナイフ。それが折れた音だった。


「せいけんでもてにいれてから、でなおしてきてください」


 騒然としていた喫茶店が一変、静かな空間へと押し戻された瞬間だった。

 圧倒的な勝利を収めたダーインスレイヴは、念の為折れたサバイバルナイフを更に細かくへし折り、床に落とした。ただの幼女に負けたと思っている強盗犯は、その場で跪いて呆然と折られたナイフを見つめている。客たちは皆、どういう状況なのかが読みきれず、息を呑んでいた。

 ただ一人、笑いながら拍手を送るやつがいた。黒服だ。


「いいぞ。なかなかにいいおもちゃを持っているようだな」

「ダーインスレイヴはおもちゃじゃない」

「そうイキるな。別に盗ろうだなんて思ってはいないさ。こいつはな」


 なんだか含みのある言い方だけれど、とりあえずこの場はどうにかできた。俺は、黒服がしようとしたことを阻止できたんだ。


 所詮、黒服にとってはこれも遊びのひとつなのだろう。仕事だと本人は言っていたが、ここまで楽しそうにされると、なぜだか気分が悪い。殺害を阻止したというのに、気分が晴れないのは、如何せんどういうことなのだろう。


 面白いものが見れたと、黒服は席から立ち上がり、レジに金を置いて店を出ていこうとする。それを追いかけるように、俺もお会計分を投げ出し、外へと飛び出した。その先で、黒服を呼び止める。


「待てよ!」

「……なんだ?」

「お前が言う、アイヌラックルなんてのは知らない。でも、俺はお前みたいな神様がこの世界を闊歩するのは許せない」

「というと?」

「てめぇの勝手なルールで、弱い人間おれたちを殺すんじゃねぇよ」

「……はっ。考えておこう」


 つくづくムカつくやつだ。考えておくなんて、俺に言わせれば無視するって意味だ。


 命をなんとも思っていないのかもしれない黒服の背中を見つつ、俺はつばを吐いた。そうして、俺はついてきていたダーインスレイヴに目を向けて、手を伸ばす。


「ダーインスレイヴ。助かったよ、ありがとな」

「いえ! ますたぁのしょうがいをだはするのも、わたしのつとめですから!」


 体と使う言葉がミスマッチしているせいか、やっぱりどうにも聞き取りづらい。これも時間が経てば治るのか否か……。


 しかしながら、俺は長らく気になっていたことに着手しなければならない。なぜなら、早々に手を打たねば、俺が変態扱いをされてしまうからであり、そうなるとまた後が怖いことになってしまうからである。

 とりあえず、ダーインスレイヴに向かって疑問を投げかける。


「なぁ、ダーインスレイヴ」

「なんですか、ますたぁ?」

「お前はどうして、いつも裸なんだ?」

「……? けんは、さやからぬくものですよ?」


 ……いやね? まあ、合ってるんだけどさ。前提としてダーインスレイヴが剣だってことをわかっていなかったのは、俺の方なわけ? ていうか、服が鞘なんて一言も言われてないんですが……!?


 俺は温かい笑顔で、そっと上着をダーインスレイヴに被せる。そして、抱きかかえて全力ダッシュで自宅へ向かったのだ。

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