第10話 風呂場のロマン

 現在、俺は玄関で正座をさせられている。話せば長くなるが、とりあえず言いたいことがある。


 俺の幼馴染はちょー怖い。


 というのも、俺がこうして自宅の玄関で正座をしているのは、人型になってしまったダーインスレイヴと手を握って歩いているところを見つかってしまったからであり、付け加えるなら、どうも麻里奈は俺が力を手に入れるのが心配で仕方ないらしい。

 俺の母親よりも俺のことを心配してくれているあたり、やっぱり麻里奈は俺の家のことをよく知っていると言えるだろう。そうじゃなかったら、俺がタナトスの言うとおりに力を手に入れても心配などするはずもない。


 それはさておき、先程からずっと風呂場からきゃっきゃと声が聞こえているのだ。実を言えば、現在俺の家の風呂場ではダーインスレイヴをお風呂に入れると言って聞かない麻里奈が、ほぼほぼ連行の如く勢いで風呂場へとダーインスレイヴを押し込んで、さっそうと自分も風呂場に入っていった。

 そうして、残された俺はこれから怒られるであろうことを予期して、先に反省の意を示さんがために玄関で正座をしているというわけである。


「にしても、滑稽だね」

「……お前にだけは言われたくないんだけどな」

「僕は別に滑稽ではないよ?」


 同じく玄関で立ち往生していたのは宙を浮くタナトスだった。

 特別タナトスが怒られるようなことは無いとは言い難いが、人の話を聞かないタナトスであれば反省の意など示す必要もなく、同時に玄関にいる必要もないのだが。どうしてかタナトスはリビングへと進もうとはしない。


 変なやつだなと思いつつ、正直風呂場から麻里奈が出てくるまで何もすることがない俺からすれば、話し相手ができるだけ得ではあった。

 しかし、これと言って何かを話したい相手でもなかったため、間をつなぐためにダーインスレイヴをだしに使うことにした。


「ダーインスレイヴのことはわかったのか?」

「そんなにすぐに分かれば苦労はしないさ。それに言っただろう? あのメダルを造ったのは僕じゃないんだ。十中八九メダルのせいでこうなったとしても、僕としては仮定の話すら思いつきはしないよ」

「じゃあ、その造った本人に聞いてみればいいだろ?」

「……無理なのさ。神様にもいろいろとあるんだよ」


 友人と話すのになにか手続きでも必要なのか? ほんと、神様っていうのはつくづくわからないな。


 となれば、自分で考えるほかあるまい。どうしてそうなったのかはわからないが、これからどうすれば良いのかまでは考えられそうなのだから、そこから考えていこう。

 現状、武器だったダーインスレイヴは幼女となってしまった。聞いていないからわからないが、あの状態で戦えるのだろうか。戦えたとして、俺は幼女に守られなくてはいけないのだろうか。見栄え的に幼女に守られるは避けたい問題だが、神様が相手では他に手段はないだろう。

 気になることと言えば、残り六枚のメダルについても同様の現象が起こるのであれば、もしも幼女が戦えなかった場合、俺はどうやって神様と対峙すればいい。


 考えることはたくさんある。

 でも、そのどれもが、俺が考えるべきものではないと思ってしまうのは、単なる甘えなのだろうか。それとも……。


「ところで」


 俺の思考を妨げるようにタナトスの言葉が耳に届く。

 俺はハッとなってタナトスのほうを見ると、タナトスのニヤついた顔が目に写って、また良からぬことを考えてることを悟った。


「行かなくて良いのかい?」

「行くって?」

「もちろん、お風呂にさ」

「……なんで?」

「なんで? なんでって言ったのかい? 死に際に幼馴染のおっぱいビンタをもう一度と豪語した君が?」

「この際だ。あのときのことは水に流そう、タナトス。それで、風呂場に行ってどうするんだよ?」

「まさか……いや、現代の子供ならばあるいは……? 聞くけれど君、覗きって言葉を知っているかい?」

「おま……っ! 風呂場を覗くっていうのか!?」

「もちのろんじゃないか! いいかい? お風呂っていうのはね。覗いてなんぼの世界なのさ」


 覗きは犯罪なんだぞ。しかも、タナトスが見ようというのは、麻里奈のおっぱい。つまり、命がけのミッションになりえる。高がおっぱいごときで命を張れるほど、俺は腐ってはいない。

 もちろん、答えはノーと答えるつもりだった。だが、その先の言葉で、俺の心は揺らいでしまった。


「覗きは犯罪だというやつもいる。刑罰や周りの視線を気にする男がいるのも確かだね。でも、僕は思うのさ。眼の前のエデンに手を伸ばさないなんて、僕に言わせればロマンに欠ける、ってね!」

「ま、またわけのわからないことを……」

「だってそうだろう? リスクは有るが、得られる景色は一生の宝にも等しいんだよ!?」

「うっ……た、確かに麻里奈のおっぱいは至高だけどな……」

「見たくないのかい!? 君は神様と戦う力を得て、目の前の女の裸すら見られないのかい!?」


 別に、麻里奈の裸を見たくて神様と戦う力を手に入れたわけではないが……一理ある。

 要は見つからなければ良いのだ。一般家庭の風呂場だから、難易度は壊滅級だが、突破した先にはタナトスの言うエデンが確かに存在する。見つからなければいい、という言葉を脳内で繰り返して、俺の心が振れ動く。

 悪魔の甘言とは、きっとこのことを言うのだろう。俺の心は大きく覗きに傾いていた。

 そこに追撃をかけないタナトスではない。立て続けにタナトスの言葉は俺の決心に攻撃を仕掛ける。


「それに彼女なら、謝れば許してくれるとは思わないかい? 君におっぱいビンタをするほどだ。もはや裸を見られるなんて気にすらしないんじゃないかな?」

「ま、マジで……?」

「でなきゃ、君の家で容易に裸で歩き回らないだろう? それに、君のベッドに潜り込むあたり、君には気を許しているようにも思えるよ?」

「も、もしかして、見ても怒られないとか……?」

「あるある。絶対あるって。さあ、これで見に行かないなんて、ただのヘタレだよ!」


 俺は数秒考える。いや、考えると言うよりは、決心をつけるといったほうが良いのかもしれない。


 もしも、覗いたのがバレて怒られたとしても、土下座をして許しを乞おう。そのうえで、麻里奈の裸を脳内保存すれば俺は一生の宝を抱えることになる。何よりも、美しい麻里奈の裸はいつ見たって、美しいのだ。

 立ち上がり、多少の痺れは無視して、俺はソロリと風呂場へと近づいた。そうして、中の気配を全神経を持って探った後、静かに扉を開いていく。続いて、風呂のガラス戸へ手をかける手順の中で、俺は重大なミスが起こったことに気がついた。

 眼の前に、裸のダーインスレイヴの髪の毛を拭く、麻里奈の姿がくっきりと映し出されていたのだ。


「……きょーちゃん?」

「……よ、よお。奇遇だな……」

「そうだね。奇遇だね。それで? 他に言うことは?」


 相も変わらず目が笑っていない笑顔が俺に向く。

 どうやら、シャワーを終えてしまって、タオル拭きの二人を覗いてしまった俺は、煙で見えない作戦がすでに瓦解したようだ。


「ねぇ、きょーちゃん」

「はい……」

「私ね。別にきょーちゃんに裸を見られるのは良いんだよ。でもね? 私の不注意で見られるのと、覗き見られるのとじゃ、感じが違うよね?」

「はい……はい? え、じゃあ、堂々と見ればいいの?」

「別に堂々と見られるのも……っていうか、反省してないよね?」

「あ、いや、あの……これには深いわけが……というか、タナトスの甘言が主な理由でして……」


 おっと、俺としたことが麻里奈の裸がみたいという野生の本能が理性を上回りそうだった。

 というか、俺に甘言をぶつけていった本人は、いつも間にか消え去ってるし……。ほんと、あいつ仕事早いよな。というか、うまいんだよなぁ、人をうまく嵌めていくの。


 しかし、タナトスが言う通り、麻里奈はそこまで怒りはしなかった。代わりに、大分呆られはしたが、誤差の範囲だろう。ただし、難点を言うとすれば、風呂場に弾き釣りこまれ、バスタオルを渡された挙げ句、ダーインスレイヴの体を拭けと言われたのだ。

 しかも、麻里奈はというと、俺の隣で普通に自分の体を拭き始める始末。幼馴染とはいえ、羞恥心というものはないのだろうか、と。少し考えさせられてしまう。


「な、なあ、この絵面はまずいと思うんだ」

「だって、湯冷めしちゃうし。風引いちゃうでしょ?」

「だ、だからって、嫁入り前の若い女性が、男と裸で風呂場にいるというのはちょっと……」

「小さい頃から見慣れたようなものでしょ?」


 小さい頃のおっぱいとは違うのだよ、おっぱいとは!!


「ますたぁは、はだかがおすきなのですか?」

「大好きだ。当たり前だろ?」

「ちょっと……子供になんてこと教えてるの」

「待ってくれ。そもそも、女の子の裸が好きじゃない男なんていないぞ?」

「だから、それを子供に教えてどうするのって言ってるの! わかる!?」


 わかるも何も、今目の前に理想の裸が……ん?


 一度、冷静になった頭で整理する。今、俺の目の前には理想の裸がこれみよがしに存在する。たわわなおっぱいが揺れる。美しい腰のラインが動く。柔らかそうなおしりの輪郭が目に焼き付いていく。

 そうか、と。俺は悟りを開く。


 俺の前にあるものが、エデンなのか。


 瞬間、俺の鼻から鮮血が舞う。脳内処理で下された結論が、男子高校生には刺激の強すぎるものだったらしく、俺の鼻孔が悲鳴を上げたらしい。同時に、極度の高速処理で疲労した頭が意識を完全にシャットダウンしようとしているのがわかった。


「ますたぁ!?」

「きょーちゃん!? って、鼻血!」


 どうにも俺には、麻里奈の裸は難易度が高いらしい。

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