第9話 魔剣、幼女っ!
眼の前がバッと光ったら幼女が現れたなんて、そんなライトノベルみたいなことが現実では起こらないと思ってた時期が俺にも有りました。でもね、今でも俺は信じてるんだ。幼女って、かわいいよねって。
急なことで気が動転してしまって、とうとう脳内でもわけのわからないことを言い始める始末である。
それはさておき、これは一体どういうことだろう。記憶にない幼女に、急にマスターかどうかを訊かれるなんて、俺の常識が正しければ有り得ないことだと思う。もちろん、俺が誘拐してきたわけではない。というか、急に現れた時点で誘拐する時間も無い。本当に眼の前が光ったと思ったら、そこにいたんだ。
しかし、このままにしておくわけにも行かず、とりあえず幼女に話しかけるところから始めてみようと思って尻餅をついたまま言葉を送る。
「……君はどこの子かな?」
「なにをとんちんかんなことをいって――ふぁ!? ちょっと、なんですか、このすがたは!」
「いや、俺に言われても……」
そもそも記憶にないんですが、これは。
どうやら、自分の姿に疑問を持っているらしい幼女を眺めつつ、俺は回り始めた頭で現状を深く理解していく。突如現れた見知らぬ幼女。しかも裸と、寒空の季節に風邪を引かないだろうか。さらに、自分の姿を見て驚くあたり普通とは言い難い。加えて、最初に口走ったマスターという言葉。
今までのすべてを総合して叩き出された答えは、タナトスの野郎がなにかしたであろうという確信だった。我ながらひどい解答だとは思ったが、知り合って間もなくともわかるタナトスの悪戯心は本物で、この程度のことならばやってのけるという信頼があった。
しかし、そうだと思ってタナトスの方を見ると、どうにもタナトスが驚いているように見えた。いよいよもっておかしいことになっていると勘づいて、俺はもう一度幼女に質問した。
「えっと、名前を聞かせてもらえるかな?」
「はいっ! わたしのなまえは、だぁいんすれいぶ、です!」
「ダーイン……スレイヴ……?」
おかしい。それは先程俺が受け取った魔剣の名前のはず……。
俺はハッとなってメダルを握っていた手を見る。すると、そこには七枚あるはずのメダルが六枚になっており、タナトスが持っていたダーインスレイヴは失われていた。
もしや。
俺の中で急速に仮説が立ち上がる。
眼の前の幼女が急に現れたのが偶然ではなく、必然の現象であるならば、幼女が現れた前の行動が引き金になっている可能性がある。幼女が現れた直前、俺は一体何をした?
口走った。頭に浮かんだキーワードを口にしていたはずだ。それと同時にメダルが光った。そうして、すべてが収まった後には、全裸の幼女がこんにちわだ。もう考えるまでもなく、結論は目の前で出来上がっていた。つまるところ……。
「お前が……魔剣?」
「そ、そうなのです、ますたぁ!」
「そ、そんな……タナトス、これは一体――」
「すまないけれど、僕にも理解しかねるね……。なにせ、君にあげたメダルは友人からもらったものだ。効果も断片的にしか聞いていなくてね。でも、まさか収納した武装が自立稼働するなんて……」
「ど、どうするんだよ、これ……」
「……さぁ?」
さぁって! んな、無責任な!
しかしながら、そういう答えも些か仕方ないのかもしれない。どれほど神様と呼ばれようとも、急なイベントには手が追いつかない。タナトスなりに現在を納得しようとしているのだろう。現に、今のタナトスの顔は先程までとは打って変わって真面目そのものだった。
だが、困った。タナトスでもお手上げとなると、俺にどうこうできるものでもなさそうだ。にしても、一体どういう理屈で、剣が幼女になりやがったんだ? いや、見た目は可愛いけどさ。もうね、人形になっちゃった自分を見ながら困っているダーインスレイヴがかわいい。
っと、そうではない。俺なりにどうにかする考えを出さなくてはならない。
ともかく、何かできることはないか。幼女を質問攻めするところからいってみるか。
「どうしてそうなったのかわかるか?」
「わかっていれば、くろうしませんっ」
「だよなぁ……。気になったんだけど、マスターってのはどういうことだ?」
「しようしゃか、いなかです! わたしは、ほんらいのせいのうでは、ぶきとしてそんざいしますからっ」
「それが、今では立派な全裸幼女なわけか……ん?」
全裸幼女……?
俺はふと、ダーインスレイヴを見つめて考える。
日はまだ沈まない。むしろ、今が人通りがピークだと考えても過言ではない。しかも、俺たちが今いる場所は、空き地のよう場所ではあるが、子供やカップルが訪れる場所でもある。そして、時間帯的にはもう少し後か、ジャストナウか……。つまり……?
俺は左右を確認する。ざわざわと声が密かに聞こえ始めた。同時に、俺は生唾を飲み込んだ。
浮遊するタナトスは一般人には見えないから関係ないだろうが、俺は違う。加えて言えば、目の前で全裸の困り顔の幼女も俺と同じく一般人に見えているのだろう。要するに、今の俺たちを一般人が見るとどうなるか。そうだ。全裸の幼女を前に、男子高校生が立っているという、いかにもな事件現場が出来上がる。
まずい。非常にまずいぞ、それは。
警察に捕まるだけならそれで良い。いや、全く良くはないが、本当に怖いのはその後だ。警察ならば事情などを詳しく言えば、少なくとも大目玉を食らうだけで家には帰れるだろう。しかし、俺の家には十中八九、麻里奈がいるはずだ。なんだったら、帰りが遅い俺を心配して探している可能性だって考えられる。
その中を、俺が幼女を連れて帰ってみろ。あるいは、警察から電話が家に行き、それに麻里奈が出てみろ。大目玉どころか、世界が終わる。神様云々の前に、幼馴染の目が笑っていない笑顔で人類史が終わるぞ。
一気に全身から汗が流れ出る。見つかってはならないと、全神経が沸き立つ。そうして、俺がとった行動は、刻一刻と近づく人の気配よりも早く上着を脱ぎ、流れるような動作で幼女に着せることだった。こうすることで何が変わったかと言えば、裸の女の子と一緒にいる高校生という状況は回避できる。
あとは……あとは何をすればいい!? 一体、何をすれば世界が救われる!?
神様との前哨戦で、世界を救うハメになるとは思いもしなかった。いやまあ、実際問題、麻里奈が世界を破滅させるかはさておきとして、俺の人生が終わるのは間違いない。
「ま、ますたぁ? ど、どうしたんですか?」
「い、いいか、ダーインスレイヴ。今から手をつなぐが、誰かになにか言われたら、俺のことをお兄ちゃんと言うんだぞ?」
「え……あ、はいっ。おにぃちゃん!」
よし、良いぞ! これでどうにか切り抜けられそうだっ。
下準備を終えた俺は、ダーインスレイヴの小さな手を握って、大手を振って帰路を歩もうとする。
もう何も恐れることはない。ダーインスレイヴが靴を履いていないことに気がつくやつがどれほどいるかなど、もうこの際関係ないだろう。なんだったらおんぶして帰ったって構いやしない。とりあえず、警察沙汰になりさえしなければ良いのだっ!
後は帰るだけという言葉を繰り返し、俺は人通りが多くなってきた道に出た。そして、そこで思いもよらない運命に出会うのだ。
「……きょーちゃん?」
「…………奇遇だな、麻里奈。これはその……」
何やら大量の買い物をしていたらしい麻里奈が、キョトンとした顔で俺の名前を呼んだのだ。
冷や汗が滝のように流れ、苦し紛れの言い訳すらも思いつかず、ただダーインスレイヴの手を握る手がじっとりと嫌な感触になっていくのだけが脳に響いた。
そうして、麻里奈の視線が俺の手の先へと向かっていき、視界にダーインスレイヴの姿を捉えていく。やがて、その視線は俺へと戻っていき、俺と目が合った麻里奈は、死んだ魚のような目で笑顔を見せる。
終わった。俺の頭にそんな言葉が浮かんだ。絶望の眼差しは、ゆっくりと近づいてきて、耳元まで近づいた唇は、小さな声で問うてくる。
「とりあえず、お家に帰ろうか、きょーちゃん?」
「い、イエス・マム」
有無を言わさなかった。ただ俺の目に写ったのは恐怖という一言のみで、俺の脳裏を過った走馬灯は、やっぱり先日の麻里奈のおっぱいだった。
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