第8話 ハロー幼女

 俺の左目が義眼になって三時間。

 俺たちは現世に帰ってきていた。麻里奈は報告があるとかで別れてしまい、俺はいろいろなことが起こったせいで、すぐには家に変える気が起きず、少し散歩みたいなことをしようと、静かに歩きだしていた。


 俺の隣で宙を浮くタナトスは、今は俺にしか見えていないようで、街ですれ違う人は誰ひとりとして俺の方を見ようとはしていなかった。あるいは、俺ごと見えないようになっているのかもしれないと思い始めた頃、タナトスの方から場所の指定をしてきたのだ。


「もう少し人の少ないところに行こうか」

「……」

「安心してくれよ。こう見えても僕は豊満な女性が大好きなんだ」


 別にそっちの心配をしたわけではなかったけれど、俺の目がそう訴えていたのかもしれない。とりあえず、タナトスの要望通りに場所を変える。

 人通りの多い街だが、少し細い道を曲がってしまうと、すぐに人の少ない場所に出る。時間によっては全く人が通らないような場所だってあるくらいだ。そして、俺は少し入り組んだ場所にある公園のような空き地を選ぶと、タナトスはその場所を好んだようで俺の前で浮遊する。

 魔義眼とやらを装着してそう時間が経っていないのに、それ以上に俺を混乱させるようなことを言いそうな顔でいるタナトスに呆れを覚える。しかし、今回ばかりはそういうものではないようだった。


「まだ、君に渡していないものがあったんだ」

「……魔義眼とやらで終了じゃなかったのか?」

「あれはすべてを見通す目ってだけで、君の戦力には対して関係ないだろう? もしかして、非力な体で神々と戦おうとでも考えてたのかい?」

「つまり、神様と喧嘩しろってことか……」

「言ってはみたが、それは最終手段さ。でも、力を手に入れるっていうのは悪い話じゃないはずだ。それに昔から言うだろう? 神々が人間に与えるのは三種の神器ってさ」


 はて、それは日本の神話の話ではなかっただろうか。


 異教神話のタナトスにとって、三種の神器などあってないようなものだろう。それに、三種の神器といえば三つの神具のことを指しているわけで、俺はまだ魔義眼しかもらってはいないはずなんだ。ということは、まだいらない物を渡されることになる。

 だが、俺は忘れていた。俺が今、こうして歩いている体は、タナトスが作ったものだということを。


「報告が遅れたけれど、君は死を超越した」

「……は?」

「簡単に言えば、君は死に続けた体で生き続けている。もっと単純に言い表すなら、君はゾンビだ」

「おいおい。冗談も休み休み言ってくれないと、さすがの俺でも今日はもうキャパオーバーなんだぞ……?」


 俺がゾンビだって? 意思疎通だってできるし、見た目だって腐った死体のようではないのに?


「僕が冗談で物を言うと?」

「大いに」

「ひどい言いようだね……まあ、普段はどうであれ。この言葉は本当さ。復元した僕が言うんだから間違いない。君の体は魔義眼の装着に合わせてチューニングした。でも、魔義眼はとてもピーキーでね。人の体に装着しようと思うと、どうしてもそういう体質に組み替える必要があったのさ」


 あぁ、なんとなくさっきまでの不調の理由がわかった気がする。つまり、俺の体の変化に、俺の意識は気づかずとも、身体自体が感じ取ってたってことか。俺の性格が顕著に現れたのも、きっとキャパオーバーになった頭と体の結果なのだろう。

 

 でも、どうして人間にしか装着できないはずの魔義眼が、人間の体に装着できないんだ……?


 新しく現れた疑問はさておき、自分の今の状況がわかった俺は、これから与えられるものに心配を抱えるのは当然だった。やっぱり俺は、どこまでいっても一般人で。タナトスはどこまでいっても神様なのだ。住む世界が違えば、考え方だって変わってくるように、俺の不安はきっと、タナトスにはわかるまい。


「そう不安がることはないよ。これから与えるのは武力足り得るものだけど、それを決めるのは君自身なんだから」

「どういうことだ?」

「僕が与える、最後の神器は七枚のメダル。実を言えば、これは僕の知人が造ったものでね。彼はこのメダルのことを《簒奪のメダル》と呼んでいた。聞いた話では、このメダルにはあらゆる物が収納できる。神々の武具や権能から、君のベッドの下のエロ本まで、実に自由自在だ」

「待て、なんでお前が俺のエロ本の隠し場所を知ってる?」

「そして、君に《終末論アヴェスター》を与えたのも、大本を辿れば、このメダルのせいなんだよ」


 キレイにスルーされたが、まあこの際、エロ本のことは水に流そう。ただし、絶対に麻里奈に言うなよ? いやマジで。あいつなんでか知らないけど、エロ本を見つけるたびに俺の目の前で燃やすんだよ。しかも、すんごい怖い顔で。


 しかし、話を聞いた限りでは、タナトスの知人とやらは、魔義眼についてよく知っているようだった。さらに言えば、魔義眼がなければ扱えないメダルまで制作するところ聞くに、何やら魔義眼を使わせないのではないかという思惑まで見えてくる。

 けれど、実際のところがわからない以上、タナトスに聞こうが返事は曖昧なものになってしまうのはわかりきっていた。だから、今のところは何も言わずに手渡されたメダルを手に、話を聞くことにした。


「彼が言うには、《終末論》の能力を使えば、メダルに収納したものを取り出すことができるらしい」

「普通には取り出せないのか?」

「そうみたいなんだ。ほら、神々の力なんかを人間が安々と扱えると危ないだろう? だから、彼なりにストッパーをかけたようなんだけれど、それがまたピーキーな仕様でね。何やら、並大抵ではない条件をクリアしないと扱えないようになってしまったようなんだ。だから、このメダルの中にエロ本を収納したら二度と取り出せなくなってしまうかもね」

「もうエロ本の話はやめにしないか!?」


 いずれ俺の性癖の話になりそうなので、とりあえずエロ本の話題はここでストップを掛けた。

 にしても、簒奪のメダルか。なんでも収納できるなんて魅力的だとは思うけど、根本的な問題点として、どうやって神様との喧嘩で使える道具を収納するかなんだよな。

 再三言うが、俺はつい先日ほどまで普通の高校生だったんだ。急に神様と戦えるほどの力を収納できる道具をもらったところで使いみちなんて微塵も存在しないわけで。宝の持ち腐れとなるのは必定である。

 ところが、今回に至っても、タナトスのサポートがあった。


「まあ、君はただの高校生だったわけだし、神様と戦える力なんてそう簡単に手に入れられるわけもないよね。うんうん。わかってるよ。そんな君に朗報だ! 今ならなんと、提示する三種類の中から一種類だけゲットできるチャンス!」

「お前はオーキド博士か……」


 なんだか、ノリ的にふざけ始めた気がするのは気のせいだと思いたい。


「まずは1つ目! アーラシェ・カマーンギールの弓! 一度放てばありえないほど遠くにまで矢を飛ばすことができるだけでなく、自分の体も吹き飛ぶぞ!」

「できれば、五体満足でいたいんだけどな」

「そして2つ目! 魔剣ティルフィング! どこぞのドラゴンの如く願いを三つまで叶えてくれるけど、叶えたらもれなく死ぬ!」

「俺に死ぬ以外の選択肢を与えないつもりじゃないだろうな?」

「ラスト3つ目! 同じく魔剣のダーインスレイヴ! 切れ味は神話級だけど、一度鞘から抜いたら相手の血を吸い尽くすまで戻らない! さあ、どれにする!?」

「テンション高ぇな、おい!?」


 ていうか、選択肢が一つしか無いんだが!? 確実に死を回避できるものが三番目しか選べないって、どんな選択肢だよ!


 眼の前に出された三つの武具の中から、俺は迷う余地なく三番目のダーインスレイヴとやらに手を伸ばした。すると、先程受け取っていた簒奪のメダルが輝き出す。それと同時に、俺の左目が熱くなり、左目を通して脳内に文字を刻み込まれる。

 そのワードは。


我が魂は願い乞うソウル・ディザイア――?」


 思わず言葉に出してしまったが最後、メダルからの輝きは最高潮にまで高まり、まるで閃光弾の如く光ったかと思えば、輝きはすぐに収まり、その後に残ったものは……。


「とおう! あなたがわたしのますたぁですかっ?」


 全裸の幼女が堂々とした立ち居振る舞いで俺にそう問うてくるという現状だった。

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