第五十五話 小隊の帰還

 陽が上がろうとしているこの時間、辺りは静けさに包まれているが、突如馬の駆ける音が響き渡った。

「急報! ジェンマにアラメイニ軍が到着、前線では小規模な戦闘がすでに勃発しております!」

 兵が飛び込んだ幕舎の中にはタディオール、ウルヴン、ノアが控えている。

 タディオールが兵に尋ねた。

「それで、戦況は?」

「はっ、予め敷かれていた防御線により思いの外アラメイニ軍の進撃は止められておりますが……軍の内部で応戦派と恭順派に分裂している模様。ジェンマ内部にて内紛が勃発している模様です。また、防都軍の一部が独立軍と称して暴徒化しているとの報告も」

「そうか……ご苦労だった」

 タディオールの言葉に兵は一礼すると、幕舎を去っていった。

「思ったよりも早かったですね」

 ウルヴンの言葉にタディオールが頷く。

「やはりワグリオでは軍をまとめられなかったか。第一軍、第二軍だけでは陥落も時間の問題だろう。……ウルヴン殿」

 タディオールはウルヴンに向き直った。

「俺はやはりジェンマは見限るべきだと思う。こうなった以上、第三軍が向かって事態が好転するとは……」

「タディオール殿……結論は今しばらく待ってもらえないでしょうか……」

「しかし……」

「まだ……まだ結論を出すには早いのです。もう少しだけ待っていただければ……」

「申し上げます!」

 ウルヴンの言葉に尚も食い下がろうとするタディオールだったが、兵の言葉に遮られた。

「第六小隊……北方より無事合流いたしました!」

 ガタッ、とウルヴンが立ち上がった。

「真か! 今はどこに……」

 タディオールが言い終わらぬうちに、ウルヴンとノアは幕舎から飛び出した。

「──よお、遅くなったな」

 見回すウルヴンの右方にガトラの姿があった。その横にはイリアス、後方には第六小隊の兵たちが控えている。皆、ボロボロの衣服を身に纏っており、とても軍の正規兵とは見えなかった。

「若君……! よくぞご無事で……」

「心配かけたね。でもほら、全員無事に合流できたよ」

 そう言って誇らしげに小隊を指し示すイリアス。ボロを纏った小隊ではあるが、その表情はどこか自信に満ち溢れていた。

「もう、本当にみんな心配したんだから……」

 言葉に詰まりながらノアが言った。

「なんだ。嬢ちゃん、俺達がいなくて寂しくなっちまったか」

 カラカラとガトラが笑う。しばし軍営とは思えぬ穏やかな時間が流れた。

「それで、様子はどうでしたか」

 珍しく急いてみせるウルヴンに、ガトラは少し面食らいながらも答える。

「あ、ああ。後詰は警戒しなくて良さそうだ。軍全体の規模感も把握してきた」

「……そうですか。ならば良い。これで考えが固まりました」

 安堵した様子で胸に手を当てると、前に向き直りウルヴンは続けた。

「さて、お疲れのこととは思いますがあまり時間がありません。これからの指針を申し上げたいと思います。詳しくは幕舎の中で──」


 ◇   ◇   ◇


「おい、どうなっているんだ! 第三軍はこちらへ向かっているのではないのか!」

「……は、それが……伝令を幾度となく送っているのですが、南方より動く気配はなく……」

 パドロー首長の怒鳴り声に恐縮した様子でワグリオが答える。その直後、ドン、という激しい破壊音が鳴り響いた。二人が驚いて窓の外を見やると、張り巡らされた外周の柵が一つ破壊されている。と同時に、多勢の兵が街に向かってくる様子が見て取れた。

「貴様の提言に乗った儂が愚かであったわ! 今となっては降伏する道も断たれた……。おい、逃走できる経路の確保は出来るか?」

「……逃走……ですと!?」

「こうなったのは貴様のせいだ! 責任を持ってこの街を守れ! 儂はしばらく難を逃れさせてもらう!」

「そんな……」

「とにかく第三軍の説得を引き続き試みよ。仮にもこのジェンマの統括軍長を名乗るならば全軍見事にまとめてみせい!」

 そう吐き捨てると、パドロー首長は部屋を出て急ぎ走り去った。カツカツと木靴の音が虚しく響く。ワグリオは呆気に取られたままその姿を見送っていた。

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