第五十二話 戦跡
「これは……」
イリアス達の目の前に無数の骸が横たわっている。強烈な腐臭が辺りに漂い、鳥達がその遺体を啄んでいた。その殆どが白骨状態となっている。辺りには傷ついた武器防具、破り捨てられた赤色旗が数多く転がっていた。
「どうやらここでレトとノイ=ウルが争ったようですな。……あちらを。レトの紺青旗もあります」
ガトラの指差す方に片翼の紺青旗が見えた。しかし圧倒的に赤色旗が多い。この戦いでどちらが勝利したのか、それを如実に表していた。
「旗は二種類のみ。アラメイニのものは見当たりませんな……。本当に参戦していたのでしょうか」
「どうだろう。ボク達にそれは分からないけど……」
ブルル、とイリアスの乗る馬が嘶く。イリアスは優しく頭を撫でた。
「とにかく探索任務はここまでにしよう。この近辺に南へ抜ける狭道があるらしいけど?」
「はい、少々お待ち下さい。……おい!」
イリアスの問いにササクが後ろにいる歩兵を呼びつけるとすぐに走ってイリアスの前へと進み出た。
「この者は辺りの地理に一番詳しいです。さあ、アル隊長に説明差し上げろ」
歩兵は大きく頷いた。
「はい。まずは南方をご覧ください。尖った山が二峰連なって見えるかと思います」
イリアスは兵の指差す方を見やった。無数の山々が連なってはいるが、その中でも一際その山頂が尖っている山がある。
「ここより少し東に向かうと、二つの山頂が重なって見える場所がございます。そこの岩肌に隠れるように南方へ続く小径が」
「なるほど……ではもう少し東へ向かうとしましょう」
「あ、しかし……あの……」
「どうした、何かあれば申し上げよ」
言いよどむ兵に、ササクが促す。
「いえ……。この地は不毛ゆえ民は住み着かぬのですが……山賊の類が出るとの噂が」
「山賊だと……? 聞いたことがないぞ」
「いや、どうやら間違いなさそうだ……」
辺りを見回しながらガトラが言った。
「ご覧なされ。武器防具の類は転がっておりますが、全て使い物にならぬ傷物ばかり。普通はあるはずの矢も見たところ一本もありません。不自然に遺体から抜き取られている」
ガトラはイリアスに言いながら辺りの死体を調べ始めた。
「それに……兵の遺体は明らかに漁られた形跡があります。腰につけられている麻袋が破られて中身が無くなっていたり、そもそも袋ごと無くなっていたり……」
「戦いの後にレト軍が持ち去ったのでは?」
ササクの問いにガトラが首を振る。
「そのような賊めいたことをすれば、兵たちに示しがつかん。それに、この地で長く駐屯することは兵糧の確保に於いても利するところが少ない」
そう言うとガトラはイリアスに向き直った。
「とにかく気をつけて進みましょう。何処から襲われるやも知れません」
頷くと、イリアス達は再び東へと馬を進めた。
◇ ◇ ◇
ジェンマの南方、街道より西方に一リートほど外れた平地にジェンマ第三軍の姿があった。長く南北に伸びる隊列はその数に反して静かに南西へと進んでいる。
突如、その南側から静寂を突き破るかのように一頭の早馬が駆けてきた。
「報告します! 間もなく第二小隊、第四小隊が西方より合流の予定です。第五小隊も南方に五リートほど行った草原の外れに駐屯しているとのこと」
「……分かった。引き続き各隊には警戒を怠らぬよう伝えろ。特に街道からは距離を取り目立たぬように。いいな」
「──はっ!」
タディオールの言葉に応えると、伝令兵は再び隊列を離れ前方へと駆けていった。しばらくするとタディオールは馬の歩を緩め、後方の馬車へと近づく。
「ウルヴン殿、今しがた……」
「ええ、聞こえていました」
馬車の幌からウルヴンが顔を出した。
「これで第三軍が再び形成されつつありますね。タディオール殿の統率力は実に素晴らしいものです」
「ははっ、褒めても何も出ませんぞ。しかし……」
「ええ、分かっています」
タディオールの呟きにウルヴンは小さく頷いた。ノアはその横で心配そうな顔をしている。
「今は若君とガトラ……そして第六小隊を信じましょう。必ずや来てくれるはずです」
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