第四十七話 舌戦
執務室では首長であるパドローが奥に座り、机を落ち着き無く指の平で叩いている。その両脇にタディオールとカリオルが控えていた。扉が開き、イリアスとウルヴン、それにガトラの三人が部屋へと入る。
「……失礼いたします」
「ああ、よく来た。ゆっくりしたまえ」
三人は部屋の中央に立って、パドローの言葉を待つ。パドローはむう、と唸って何か考え込んだ後、言葉を続けた。
「いや、つまらぬ噂が舞い込んできてな。その確認の為に君らを呼んだわけだが……」
パドローはそう言うとカリオルの方を見やる。カリオルは黙ったまま頷くと、一歩前へ出て話し始めた。
「実は少し前に……いわゆる密告があってな。その……君らが卑しからぬ身分であるという」
そう言って一度言葉を止め、カリオルはあらためて三人を見やった。
「レトの前王、エレン=ホメロイのご子息が健在であるとの話であった。もしこれが事実だとすると、我らとしても捨て置くわけにはいかぬ」
「それは……我らがそのご子息の関係者であると……?」
ウルヴンが真っ直ぐ前を見つめたまま尋ねた。
「簡単に言えばそういうことになる。エレン=イリアスとその従者。貴殿らは身を偽ってこのジェンマに潜伏しているのではないか、ということだ」
カリオルの言葉にしばらくウルヴンは黙り込んでいる。やがて静かに口を開いた。
「……つまらぬ噂」
「は?」
「つまらぬ噂、とパドロー首長は仰っしゃりました」
名指しされたパドローは動揺しつつ聞き返した。
「確かにそう言ったかも知れぬが……それが何だ?」
「……逆にお尋ねしますが、その噂の発信者は何者なのでしょう?」
「それは……」
答えに窮するカリオルにウルヴンが続ける。
「そもそも、ここにいるガトラとタディオール殿は旧知の仲。その絆をないがしろにし、根拠の薄い噂を元に我らを糾弾する。その目的はどこにあるのかお聞きしたいと思いまして」
「貴様! 我らを馬鹿にするのか!?」
「馬鹿にしているのはどちらかを考えていただきたい」
ウルヴンが言うと辺りが静まり返った。イリアスがウルヴンを見やる。今まで見たことのない冷徹な瞳を見せていた。やがていつもの柔和な表情に戻ると、ウルヴンは続けた。
「つまらぬ噂、とパドロー首長が仰ったのは極めて賢明な意見であると申し上げたかったまでです、カリオル殿」
「……ウルヴンの申す通りですぞ」
ここまで一言も発さなかったタディオールが言った。
「もしカリオル殿の元に届いた噂が本当だとしたら、とうの昔に私の耳に届いていようというもの。そしてアル殿も遠くカラナントから各地を見聞されておられる卑しからぬお方。これはカラナント防都軍長であられるシュレイ将軍からの紹介状でも証明済みでございましょう。それに……武にそれほど長けぬとは申せ、育て方次第によっては軍略家としての才は花開くかも知れませぬ」
「ふむ……」
パドローはしばらく考え込み、やがて椅子に背を預け、ため息混じりに言った。
「……カリオル。お主の負けだな」
「パドロー様、しかし」
「もう行ってよいぞ。第三軍は明日から休暇であろう。貴重な休みだ、ゆっくりと疲れを取るように」
カリオルの言葉を遮り、パドローが手を振る。三人はそれに応え、一礼すると部屋を去っていった。
「……せめて、あの三人に間者を付けていただきたく」
「あとで正式に書類に起こせ。合議には上げる」
「……承知いたしました」
ぎり、と歯を鳴らしながらカリオルは深々と頭を下げた。
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