第四十六話 不穏な動き
──ジェンマに滞在してより更に四十日ほど。模擬戦をきっかけに、イリアスとガトラは周囲が予想する以上の早さで軍に馴染んでいった。今やイリアスが率いる第六小隊は十二分に機能し、ガトラがそれを支える形となっている。ウルヴンは第三軍顧問として軍に迎え入れられたが、ワグリオに気に入られたためか、四人の中でも殊更丁重に客人として扱われていた。タイクンはジェンマに到着の翌日にはエル=エレシアへと戻っていった。
「……なるほど、じゃあレトの国自体が民衆の蜂起から起こっているわけだね」
「はい。デフロシアを中心として興した、レトの前身に当たるエク=レト……エクとは民のためのという意です。この時代より、レトの初代王であるロンダリアのレト建国へと繋がって参ります」
小振りの机をはさみ、イリアスとウルヴンが話している。部屋はタディオールによって持ち込まれた大量の書に囲まれており、一層狭く感じられた。ジェンマ一帯はすでに本格的な雨季へと入っており、窓からは薄暗い雲が立ち込め、小雨の降る様子が見て取れる。
突如扉を叩く音がし、ガトラが入ってきた。
「おう、精が出ますな」
そう言うと長椅子に積み上げられた書籍を乱雑に退けると、どかと座った。
「どうですか、隊の方は」
ウルヴンが立ち上がり、部屋の奥に茶を淹れに行く。ガトラは先程よりも声を張り上げ、それに答えた。
「いやいや、タディオールのやつ、なかなか容赦ないぞ。体力には自信があったが参ったわい」
ぐるぐると肩を回すガトラの元へウルヴンがカップを持ってきた。ガトラは黙ってそれを受け取る。
「そんな中でも若は十分についてこられている。騎馬も以前より更に巧みに操られているし、タディオールも驚いていましたぞ」
「いや、ボクもついていくのでやっとだよ。第六小隊の皆も理解があり、随分助けられているしね」
「確かに。外様の我らが突然入っていくのは如何かと思ってましたが、タディオールの根回しも効いているのでしょうな。今では他の小隊との連携も随分と取れるようになってきた。これならいつ出兵しても問題ない状態ですぞ」
調子に乗ってそう言うガトラを、少し困ったような表情でウルヴンは見やった。
「明日からしばらく休みだね。ガトラはどうするの?」
イリアスがのんびりとした声で尋ねる。
「そうですな。骨休め……といきたいところですが」
そう言うとガトラは茶をすすり、ウルヴンの方に向き直った。
「その様子だと、何かやることがあるんだろう?」
「ええ、すみませんね」
申し訳なさそうにウルヴンが答え、続けた。
「ワグリオへの計らいとタディオールの助力もあり、他国からの者ということで警戒されてもおかしくない私達が、この短期間で十分に軍に馴染めました。このことは上出来なのですが……」
「何かあったか?」
「逃亡の恐れのない練兵期間。それが休暇に入った今、恐らくはもうすぐ……」
ウルヴンの言葉を遮るかのように戸が叩かれた。
「ウルヴン殿、それにアル殿はおられますか」
一人の兵が入ってくる。
「タディオール様がお呼びです。至急、役場の執務室へ参るようにと」
「役場へ……?」
イリアスはウルヴンの方へと向いた。ウルヴンは何か覚悟を決めたような面持ちで顔を上げる。そしてイリアスの方へ向き直り、囁いた。
「若君、ここからが正念場です。さあ、参りましょう」
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