第四十五話 模擬戦
荒れ果てた大地に第一小隊と第六小隊が向かい合っていた。互いの兵はタロン(ヤシのような葉)を幾重にも巻いた木剣と長棒を手にしている。一見してそれは模擬戦と分かる風貌であったが、独特の戦の緊迫感は漂っていた。
「これより第一小隊と第六小隊の模擬戦を行なう! 合図とともに開始だ。準備はよいか」
タディオールの声に呼応するように、他の小隊の兵が野次を飛ばした。
「第一小隊とは運が悪いな。ササク、骨は拾ってやるぜ!」
「せいぜい全滅しないように気をつけろよ!」
模擬戦を見守る他の小隊からどっと笑いが起きる。タディオールはそれを右手で制すると、そのまま剣を抜いて前方を差した。
「いよいよだ……大丈夫、訓練した通りにやれば上手くいきます」
「期待してますよ、隊長……」
少し緊張した様子のイリアスに、更に不安げな声で後ろに控えるササクが重ねた。
「任せろよ。いざとなったら、半分は俺が相手にしてやるぜ」
ガトラの声に、そうしてもらえるとありがたいですけどね、と隊から小さく声が上がった。
「それでは……はじめい!」
合図と同時に第一小隊が前方へと駆け出す。迎え撃つイリアスとガトラは木剣を手に微動だにしない。が、その左右の兵はそれぞれ後方へと退き始めた。
「おいおい、何やってんだ。模擬戦で敵前逃亡か」
「さすがに模擬戦でも命が惜しいと見えるな」
他小隊の野次を他所に、イリアスとガトラが兵とぶつかろうとしている。が、その直前に二人は右やや後方へと駆け出した。意表を突かれた形になった敵左翼の兵はイリアスとガトラの攻撃を受け、大きく後退した。イリアスは騎上から木剣で、ガトラは長棒を大きく振り回している。
「何をやるのかと思えば、そんな子供だまし……俺達に通用すると思うなよ!」
眼前の敵を失った第一小隊長が左方へと舵を切る。それに合わせるように、第一小隊は左へ大きく曲がる陣形を取ることとなった。
「今です!」
イリアスの声と同時に、二人は更に右方へと突き進む。それを追う敵兵の後ろにササク達が突撃した。イリアスとガトラを包みこもうとした敵兵はたちまち二方向から挟撃されることとなった。
「ほう……」
タディオールが感心したように口元を歪める。
「短期間でよくぞ、これだけの流れるような動きを……。しかし、いつまでもやられている第一小隊ではないぞ」
タディオールの言葉通り、挟撃されていたかに見えた第一小隊は兵を右翼へと回り込ませた。ササク達の兵を更に挟撃しようとしている。陣は歪な形で左右に伸び切っていた。
「ササク!」
「はい!」
イリアスに短く応えると、ササク達は右後方へと素早く下がる。第一小隊右翼兵は、またしても眼前の敵兵を失うこととなった。
「逃げてばかりで……貴様らには武人としての誇りがないのか! ……なっ!?」
苛つく第一小隊長の左方、イリアスとガトラの右方から突然兵が襲いかかった。今度は中左翼の兵が前方と左方から囲い込まれることとなる。たちまち左翼兵は撃破された。
「よし、次は」
イリアスが言い出す間もなく、右翼兵が更に右方、つまりは第一小隊の後方へと回り込む。イリアスとガトラも続けて右方へと駆けた。その空いた隙間に今度はササクの兵が飛び込んでくる。第一小隊が体制を立て直す前に、小隊長を含む中央の兵は三方から囲まれることとなった。
「畜生! なんなんだ、こいつら……。おい、お前らしっかりしろ!」
「そんなこと言われても、やつら神出鬼没で……がはっ!」
答えようとした兵のみぞおちをガトラの長棒が襲った。たまらずその場にうずくまる。
「さあさあ、どうしなさるかい」
くるくると長棒を振り回しながら、ガトラは第一小隊長と対峙した。
「おのれ、調子に乗らせておけば……俺をナメるんじゃね……げふっ!」
言いかけた小隊長の首元をイリアスの木剣が捉えた。小隊長がたまらず落馬する。周りからざわざわと敵兵の声が上がった。
「……そこまで! 勝負あった!」
タディオールの声が響き渡る。それを合図に戦場には静けさが満ち、舞い上がった砂埃が徐々に晴れ渡っていった。
◇ ◇ ◇
「皆のもの、見ていたか」
整列した第三軍に向け、タディオールが話しかける。
「戦は武力だけではない、普段からの意思疎通と機動力が物をいうのだ。今の第六小隊のような自在な機動力を各小隊が持てば第三軍の力はイセルディアでも有数のものとなろう。……アル殿、ガトラ殿」
タディオールの呼びかけに、イリアスとガトラを先頭に第六小隊がタディオールの前へと進み出た。
「短期間でよくぞここまで小隊を育ててくれた」
「とんでもないです」
「一つ聞きたいが……今回のように第一小隊が翻弄されなかったとしたら、どのように行動していたのかな」
「いくつかの対策は事前に立てていました。第一小隊が思ったよりも引いて構えた場合、左右に大きく展開しなかった場合、小隊長が後方で指示を出す場合……」
静かに頷きながらタディオールはイリアスの言葉を聞いている。
「人間は分からないことに畏怖し、行動を鈍らせます。大切なのはあらゆる可能性を探り、全てにおいて満足できる対策を施すことだと思います」
「なるほど……第三軍はこれより大きく羽ばたける翼を手にしたようだ。感謝申し上げますぞ」
「隊長、疑ったりしてすみませんでした!」
突然ササクがイリアスの前に進み出て謝った。
「俺達、どこかで隊長を信じきれていなかったけど……これからも第六小隊をよろしくお願いします!」
お願いします! と他の小隊兵からも次々と声が上がる。困惑するイリアスを他所に、タディオールは満足そうにガトラに話しかけた。
「これは他の小隊から引き抜かれんか心配だな」
「心配ないさ、第三軍は更に成長していく」
「……その通りだ、それにはもっと訓練を厳しくしていかんとな」
不敵な笑みを浮かべながらタディオールは答えた。
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