第四十四話 練兵
「……訓練方法を見直す?」
「そうです」
訝しむササクに、イリアスは笑顔で応えた。イリアスが率いる第六小隊は兵舎内に設けられた大広間の一角に集まっていた。
「ここ数日、訓練の様子を見ていましたが、明らかに胆力、武術の鍛錬に偏っています」
「ええ、まあ……。だって、戦のための訓練でしょう。それ以外に何をやれっていうんです?」
「戦の本来は武力衝突してからではありません。皆さんには兵法について多少学んでいただき、陣の組み方、隠密行動、そして退却についても本格的に訓練してもらおうと思います」
「ええ、そんな偉い人がやるようなこと……。それに逃げ方の訓練だなんて聞いたことありませんぜ」
半ば呆れ顔でササクは応えたが、イリアスは意に介す様子もなく続けた。
「戦術は命令された通りに行動すれば機能するものではありません。一人ひとりがその行動を理解し、身体に染み付いていればこそ効果を最大化できるんです。それに、退却と逃亡は同じものではないですよ」
「そんなもんですかねえ……」
納得いっていない様子でササクは呟いた。どうやら隊の他の者も同じ考えのようである。
「もう決まったことだ。ぐずぐずしていても始まらんぞ。二十日後には第一小隊との模擬戦を控えている」
「えぇっ! 第一小隊って……三軍の中でも名うての手練がいる隊ですよ」
「そんなこと急に言われても……俺達で歯が立つわけが……」
ガトラの言葉にざわざわと隊から不安の声が上がる。それをしばらく見やってイリアスが話しかけた。
「今の状態では不安なのも分かります。しかし今はボク達を信じてください。しっかりと努力すれば、二十日後、自身に満ち溢れた隊になることをお約束しますよ」
◇ ◇ ◇
「ねえ、あのアルって隊長、どう思います?」
「……え? ああ……」
隊の部下に話しかけられたササクは相槌だけ打って黙ってしまった。ササクを囲んで第六小隊の数名は薄暗い酒場で真鍮のグラスを片手に酒を呷っている。
「副隊長はどうか知りませんけどね、俺はどうも信用ならないですよ」
「そうです。カラナントから来たって言ってたが、それ以外の素性も知れず」
「あの細っちい腕を見ましたか。それにまだガキだ」
「俺はササクさんが隊長になるのが一番だと思うんですけどね。このままじゃ第六小隊は……」
「お前ら、いい加減にせんか」
部下からの矢継ぎ早の言葉に少し苛ついた様子でササクが応えた。
「タディオール軍長の命令は絶対だ。今回の訓練内容の変更も許可を得られている。俺達は従う他ないんだ」
「でも……」
「それにな、俺はあのアルっていう隊長がどうにも……」
豊かに生え揃った口髭を撫でながらササクが続けた。
「あの雰囲気、佇まい。ひょっとすると……いや」
そういって、グラスの中身を一気に飲み干した。
「とにかく命令は絶対だ。お前らも悔しければ見事に訓練をやり遂げてみせるんだな」
そう言うと、ササクは何も言い返せない部下をそのままに、酒場を出ていった。
あとに残された者たちはお互いを見やりながら、深い溜め息を吐くばかりだった。
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