第四十三話 忍び寄る影

「……真か」

 降りしきる雨の中、薄暗い小部屋の中で二人の人物が相対している。部屋の奥で木製の丸椅子に腰掛けるのはジェンマの筆頭政務官であるカリオル。目を丸くし、眼前にいる──酷く雨に濡れたローブを被る、ひとりの人物を見つめている。

「信じるも信じないも貴方次第……私は報告したまで……」

 カリオルは口に手を当て、下を向いたまま考え込んでいる。ローブの人物が続けた。

「しかし、この事実を伏せたままにすればどうでしょうね。ジェンマはレトに明確な叛意があると取られても致し方なし。……いえ、このイセルディアに於いて、捨て置けぬ野心を抱いているとも……」

「……脅すのか、貴様」

 ギロリとカリオルがローブの人物を睨みつける。

「そんなつもりはないわ。私は何も要求しないし、何も強制しない。ただ、貴方達がどのような道を選ぶのか、見届けさせてもらうだけ」

 そう言うと、ローブの人物は翻し、扉へと向かっていった。

「楽しみにさせてもらうわ」

 そう言って口元を歪ませると、ローブの人物は静かに外へと出ていった。

「エレン=イリアス……」

 そうこぼすと、カリオルはしばらく動けぬまま、誰もいない扉を見つめたままでいた。


 ◇   ◇   ◇


「驚いたなんてもんじゃないよ。ボクはてっきり……」

「はは、確かに。黙っていたのは謝りますが……しかし、なかなかどうして、堂々としたご挨拶だったではありませんか」

 満足げな表情で、ガトラは無愛想なイリアスに応える。二人は他の隊の者から少し遅れて宿舎へと戻っていく最中だった。

「隊の皆の表情を見ただろう。ううん、先ずはあのササクという人に率いてもらうのが一番なんじゃ……」

 言い淀むイリアスに、先程とは打って変わって厳しい面持ちでガトラが言った。

「……若、物見遊山で隊に入ったのではありませんぞ。確かにウルヴンから聞いた時は私めも驚きましたが……このような時のためにアイツも、私も支えて参ったのです。それに、若にはかのホメロイ王の血が受け継がれておる。人々を率いるに値する、十二分たる資質と血脈をお持ちであられることは保証いたします。いや、むしろ率いることにこそ長けておられる」

「しかし……」

「それに何より時間がありませぬ」

 イリアスの言葉を遮ってガトラが続けた。

「正直、これまでウルヴンの申す通り事が運んでいるのはいけ好かない部分もありますが……冷静なアイツがこれだけの強行に出ようとしているのです。間違いなくこの地は風雲急を告げるのでしょう。立ち止まっている暇などございませんぞ」

 イリアスはガトラの言葉にしばらく黙っていたが、やがて覚悟を決めたように言葉をついた。

「……分かった。皆がこうして支えてくれているんだ。ボクにはボクでやれることに向かい合ってみるよ」

 その意気です、と少し安心した表情を見せてガトラは前を向いた。山間へと沈みゆく陽を二人は真正面から受け止めている。その朱は何かを予感させるように、鮮やかに全てを染め上げていた。

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