第四十二話 入隊

「本日は諸君らに報告がある! ……さあ、四人ともこちらへ」

 ジェンマの東外れの荒地、そこに規律正しく並ぶ第三軍を目の前に、タディオールはイリアス、ガトラ、ウルヴンとノアを呼び込んだ。

「……こちらにおられる方々は先日カラナントより参られた賓客だ。訳あって各地を巡り見識を広められている。そしてこの度、しばらくの間この第三軍に編入されることとなった」

 ざわ、と明らかに動揺した声が軍に上がる。兵たちはお互い顔を見合わせながら不安そうな表情を滲ませていた。

「……静粛に! ……まず、ここにいるアル殿とガトラ殿。お二方には第六小隊を受け持ってもらう。アル殿が隊長、ガトラ殿が副長だ。ササク、お前も変わらず副長としてアル殿を支えてもらうぞ」

「え、私達ですか!?」

 イリアスが思いがけず驚きの声を上げるより前に、タディオール達から見て右手、一番先頭に立つ口髭を生やしたササクと呼ばれた兵が声を裏返らせて言う。ガトラは周囲に気付かれないようにイリアスに目配せしてみせた。

「そうだ。すでにワグリオ殿の承認も得ている。お互いに慣れぬことであろうが、一日も早く十分に機動できるよう頼むぞ。これは戦時における同盟他国部隊の編入、合同作戦など、特殊環境への適応訓練も兼ねている。他の隊も十分にそのことを承知し、協力するように」

「いや、しかし……」

 言い淀むササクをそのままに、タディオールは兵達に言葉を続けた。

「それとここにいるウルヴン殿、ノア殿には私直轄で顧問、その助役として働いてもらう。先程も言ったが、カラナントよりの賓客だ。くれぐれも失礼のないようにな。分かったか!」

 兵達は揃えておお、と声を上げる。しかしどこかしら不安げな表情を浮かべたままであった。


 号令から半刻ほど、第三軍はそれぞれの小隊に分かれ円陣を組んでいる。その中の一隊──第六小隊を目の前に、イリアスとガトラの姿があった。

「……ボクはアル、こちらはガトラです。この小隊で活動させていただくことになりました。よろしくお願いします」

 小さく一息ついた後、丁寧にお辞儀をして挨拶するイリアスに小隊の兵は訝しげな顔を向けている。

「ううん、軍長からの命令なので従いますがね……。アル殿ですか。あなたは随分若いようですが」

「はい、十五になります」

「……十五! 成人を迎えたばかりじゃないか!」

 ざわ、と小隊の間に陰りの表情が見えた。しばらくは誰も何も発せずにいる。

「この中で今隊を率いているのは……お前だったな」

 ガトラの問いにササクが進み出て言った。

「はい、私が……。ササクと申します。本来の小隊長は急な病にかかり、今は私が隊長代理を」

「なるほど」

「あの……お尋ねしてもよいでしょうか?」

「なんでしょう?」

 おずおずと問いかけるササクにイリアスが応えた。

「俺ら……いえ、私達に何か不備があったのでしょうか……。正直なところ、急にこのような編成替えがおき、隊でも少なからず動揺している者がおりますので……」

 黙ったまま、後ろの兵達の何名かが頷いている。

「いえ、とんでもない。これは私共が無理にお願いしたことですので。たまたま第三軍の中でも第六小隊の人数が少なかったと言うだけのことで、他意はありません」

「左様ですか……」

 そう応えつつ、ササクは不安が拭えないままの表情をしている。イリアスはそれをしばらく見つめた後、静かに切り出した。

「見ず知らずのボクらが入って、皆さんが心配されるのも無理がないことです。しかし、ボクらも必死に多くのことを学び、この隊を率いるに相応しい経験を積みたいと考えています。どうかお互い協力して、第六小隊を第三軍の中でも屈指の小隊へと成長させていきましょう!」

 イリアスが力強く兵達に檄を飛ばす。その傍らでガトラは僅かな笑みを浮かべながら静かに見守っていた。


 ◇   ◇   ◇


「……失礼します」

 ノックのされた扉から何名かの兵達が部屋へと入る。

 部屋の主であるタディオールは、執務机の後方、窓際に立ち外の景色を眺めていたが、やがてゆっくりと振り返った。

「なんだ、話したいことというのは」

「はい、恐れながら……この度軍に迎え入れられた四名についてです」

 話しだした兵はそこで一旦言葉を切ってタディオールの様子を見る。タディオールは黙ったままコクリと頷き、続きを促した。

「軍において重要なのは規律と規範、それと連携。常日頃からそう仰っていたのはタディオール様です」

「うむ、その通りだ」

「しかし……この度の四名の受け入れについては……正直なところ納得がいきません。むしろ、前の三項を乱すものではないでしょうか。外の者を軍内に受け入れるなどと……」

 他の兵も同調するように頷いている。

「なるほど。軍の乱れを懸念しての陳情というわけだな」

「恐れながら……。いくら特殊訓練の一環と言われましても、納得できぬものがあります」

「確かにお主達の言うことももっともだ。しかしな……いずれ分かる。あの四名はこの第三軍を……ジェンマを救うかけがえのない一助となろう」

「ジェンマを……?」

「……少し猶予をもらえぬか。必ずや俺の言っていたことが分かる日が来る。そう、遠くない内にな……」

 そういうと再びタディオールは窓の外へと目を向けた。先程まで止んでいた雨が再び静かに降り始めたようだった。

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