第四十一話 宿での語り

「まさか自分から志願するなんてね、驚いたわ」

 宿の屋上に寝転がりながらノアはこぼした。イリアスもその横で同様に夜空を見上げている。湿った風が二人の間を抜けていった。

「そうだね、数ヶ月前の自分だったら思いもしなかった……」

「……やっぱり、記憶が戻ったから?」

 ノアの問いにイリアスはしばし黙り込む。厚くかかる雲の隙間から覗く星が、僅かに地上を照らしていた。

「どうだろう……確かに故郷を見てみたいとか、そういう気持ちはあるんだけど……」

 ノアは黙ったまま聞いている。

「やっぱりこの旅で出会った人たちが、ボクを大きく突き動かしているんだと思う。皆、何かの為に尽くし、何かの為に生きている。そんな中で、ボクがこの世界で生きているのは何のためなんだろう……大袈裟かもしれないけど、こうしてフェイの村から遠ざかるごとに考えることが増えているんだ」

「それがウルヴンの言うような……カラナントでの蜂起だってこと?」

 イリアスは首を振った。

「分からない。例えカラナントへ行ったとしても、そんな気持ちにはなれないかも知れない。ボクよりも人の上に立つのが相応しい人たちはこの世にたくさんいると思うし。……ウルヴンとガトラには悪いけどね。でも、ここで学べることがあるなら学んでおきたいという気持ちは嘘偽りないものだよ」

「そっか……」

 しばらく沈黙が流れる。やがて再びイリアスが口を開いた。

「ノアは? しばらくはウルヴンを手伝うんだろうけど……その後どうするんだい?」

「言ったでしょ。あたしはアルが道を誤らないか、ちゃんと見届けるって」

「でも……」

「ウルヴンの手伝いをする以外でも、第三軍の宿舎で給仕のお仕事をさせてもらえるようタディオールにお願いしたのよ。いつまでも皆にお世話になっているわけにもいかないからね」

 何か言いかけようとしたイリアスの頬にぽつりと雨粒がかかる。やがて雨粒は次第に数を増していった。

「……戻ろうか」

「うん」

 二人は走って屋上の上蓋へと走った。

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