第三十九話 ノアとアル
「……あたし、ああいうの嫌い」
不機嫌な顔でノアがウルヴンに言った。
「あのワグリオって人さ、絶対最初からくすねる気でいたよね」
一行は役場を後にし宿へと向かっていた。すでに陽は傾き始めている。西の山脈より吹き下ろす風は生暖かい空気を一瞬にしてさらっていった。
「はは、確かに。私も含め、このようなやり方はあまり褒められたものではないですね」
困った顔でウルヴンがノアに答えた。
「しかし、これで存外に動きやすくなりました。この街を起点にこれからの指針を打ち出せそうです」
「……ねえ、前から聞きたかったけどさ」
ノアが少し語気を強めてウルヴンに言った。
「二人はアルをどうしたいわけ?」
「どうしたいって……若が来るべき時に決起できるように」
ウルヴンの代わりに答えるガトラの言葉を遮り、ノアが続けた。
「そんなのさ、分からないじゃない」
「おい、嬢ちゃん……」
一行は立ち止まった。デューラスとルエンは突然の出来事にぽかんとしている。
「確かにアルはそういう血筋なのかも知れないし、二人の誓いの言葉も旅の途中で聞いた。でもさ、実際のところアルはどうなの? ここまでウルヴン達の手で引っ張ってきてもらって、自分自身でやったことといえばそれぞれの街で見聞を広めただけ。それがこれから……軍を率いて戦いに出るなんて……」
そう言ってノアは押し黙る。通りに街人の姿は無く、風の音がやけに響いて聞こえた。
「本当に戦いなんてする必要あるのかな……」
「……どうなんじゃ、若君」
タイクンの問いに、イリアスはしばらく押し黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「まだ分からない……。それが正直なところだよ。でも……」
一行は黙ってイリアスの言葉を聞いている。先程まで吹き下ろしていた風が弱まってきていた。
「シュローネやグリバ……それにアイガー公。村を出てから会う人を色々見てきたけど……皆それぞれの立場で国を思ったり、自身の立場で出来ることをしている。それを見ていていつも思っているんだ。自分にはいったい何が出来るんだろう、何を遂げられるんだろう、ってね」
ノアは黙って聞いている。イリアスは続けた。
「ノアが心配してくれるのは嬉しいよ。ボク自身が望まない道に引きずり込まれていくんじゃないかって気にかけてくれているんだよね」
ノアが黙って頷く。イリアスはそれに笑顔で応えた。
「大丈夫。ボクはボク自身の意思で此処にいるし、ウルヴンやガトラ達を信じて旅をしている。綺麗事だけの世界じゃないことも分かっている。だから心配しないで」
ノアはしばらく黙っていた。そしてしばし置いて、うん、うん、と何かを確かめるかのように頷くと、声高らかに言った。
「じゃあ、決めた! これからもあたしはアルに付いていく!」
「……はっ?」
ガトラが意表を突かれた様子でこぼした。
「だって、二人に任せてたらアルがどうなっちゃうか分からないもん。ちゃんとアルが自分の意思で望んだ道に進むか見届けるまで一緒にいるから」
「ほっほ、二人共これは随分疑われたものだの」
面白そうにタイクンが声を上げる。
「ええ、私達が不甲斐ないばかりに、情けないことです」
笑顔でウルヴンが答える。
「……ノアからは私達が気づかない視点をもらえるかも知れません。道を誤らぬよう、しっかり監視のほどよろしくお願いしますよ」
「ふふっ、任せといてよ」
得意げに応えるノアを呆れ顔で見つめるガトラ。その様子をイリアスは微笑ましく見ていた。
「……あ、馬がこちらへ参りますよ」
デューラスが街道の南側へと目をやりながら言った。言葉通り、蹄の音が大きくなってくる。そうして男を乗せた馬が一騎、イリアス達の前で止まった。
「……なんだ、いつまでも着かぬと思っていたらこんなところにいたのか」
馬上から男がガトラに話しかける。
「おう。久しぶりだな、タディオール」
タディオールはガトラに不敵な笑みを浮かべてみせた。
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