第三十六話 ジェンマへ

「──見えて参りました、あれがジェンマの街。我らマハタイトの民は南の狭蓋と呼び、ウルからは北方の目とも称されていると聞きます」

 グリバの指差す先に、その街の姿はあった。エル=エレシアのように西壁沿いに造られているが、規模は三分の一か四分の一ほどに見える。建物の高さもそれほどではないため、城壁の内部がどのようになっているのかはあまり分からなかった。手前には何層かに渡って木製の柵が東西を貫き設置されており、簡単には城壁まで辿り着けないようになっている。

「右手──東側が山脈になっている。へえ……せり出した西壁と山々に挟まれていて街自体が南北を塞ぐ蓋のようになっているんだね」

 イリアスが興味深そうに馬車から首を出して見つめていた。

「私はマハタイトの者ですので、手前にあります外郭北門までのご案内となります。話は先に通してあるはずですが……念の為、門兵に確認してまいります!」

 そう言うと、グリバは自身の馬を走らせ先に行った。残った者は馬車を停め、その場でグリバを待つこととした。

「ここがマハタイトと……ノイ=ウルの国境になるの?」

 ノアの問いにガトラが答えた。

「グリバが今行った北門がノイ=ウルの関所だ。マハタイト側には西壁に設けられた関門以外は荒地が広がっているだけだから関所のようなものを設けようがない。もちろん西壁には一定の間隔で警備兵が置かれているがな。俺達が今いる場所は……いわば緩衝地帯だ」

「ふうん」

「それより……お前どうするんだ? ここから先はノイ=ウルだ。国境越えになるぞ」

 気のない返事をするノアに、ガトラが尋ねた。

「うん……そうなのよね……」

「どうしますか。グリバと共にエル=エレシアへ戻り、そこからフェイへということも出来ますが……」

 ウルヴンの示した提案にノアはしばし逡巡したが、やがてきっぱりと言い切った。

「ううん、あたしまだ何も見つけてないし、どこへも踏み出せてない。この街で自分に出来ることを探してみるわ」

「……本当に大丈夫? シャノとアナトア……それにロマーノ翁も心配してるんじゃ……」

「うん。グリバに言伝を頼んでみる」

 心配そうに声を掛けるイリアスに、少し困った顔を見せながらノアが言った。

「分かりました。ノアの思いを尊重しましょう」

 優しくノアに応えると、ウルヴンは皆の方を見渡して続けた。

「ちょうどよい……。ここで関所を通った後の振る舞い、行動予定について簡単に伝えておきます」

 そう言うと耳を傾ける皆に、ウルヴンが話し始めた──


 ◇   ◇   ◇


「それでは皆さま、お達者で!」

 そう言ってグリバが木製の簡素な門の外側から手を振り、北方へ馬を走らせる。イリアス達もそれに笑顔で応えると、南にある街へと向き直った。

「いい人だったわね」

「うん。またいつか会えるといいな」

 ノアの言葉にイリアスが頷きながら言った。ウルヴンがそれに続ける。

「マハタイトの国へと戻るのはまだ先の話にはなると思いますが……グリバにもシュローネにもいつか再開する機会もございましょう。まずはこの街……ジェンマです。若君、ノア。先程話したことは……」

「うん、分かってる。あたしはいつも通りだから。ね、アル」

「そうだね。正直言うと、まだちょっと慣れずにいたし」

 イリアスとノアは微笑み合った。一方、ガトラは少し複雑そうな顔をしている。

「せっかく王道へ踏み出そうとされている若なのに……なんだか後ずさっちまったみたいで、ちょっとなあ」

「仕方あるまい。儂もジェンマでの商い歴は長いが、ここの民……とりわけ長であるパドローと、その下の政務官共の腹の中は読み辛い。あくまでも儂の伴であるということにしておくのがまずは安心じゃろう。むしろ、エル=エレシアで身の上を明かされたことに驚きじゃて」

 そう言って振り返るタイクンにウルヴンは笑って応えた。

「まあまあ。とりあえずは街に入りましょう。紹介したい二人もいます」

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