第三十五話 崩御の報
「カリオル、例の……タイクン一行が到着するというのはいつだ」
色鮮やかな赤の染生地に飾られた執務室で、その小男は落ち着きなく歩き回っていた。部屋と同じく飾られた服を纏い、つま先が尖った木靴を履いている。そのせいで男が歩くたびにコツン、コツンと足音が部屋に響き渡った。
「は……物見の話では、およそ半刻(一時間)もすれば北門に到着するかと……」
カリオルと呼ばれた男は部屋の入口脇に立ち、小男の様子を表情なく見ている。短く刈り込まれた濃紺の髪の毛は神経質なまでに整えられ、ぎょろりとした瞳は剃られた眉と対比して不気味にも見えた。緋色のコートの先から除く革靴は、よく見ると音を立てないように小刻みに足踏みしていた。
「むう……どうであろう。国内での調整もあるので、一度マハタイトへ持ち帰ってもらうというのは」
カリオルはため息混じりに、ゆっくりと返答した。
「パドロー首長……此の度の件、先程合議で決まったばかりではありませんか。マハタイトからの供物は謹んで受け取る。先方の希望通りウルへの報告はしない。その代わりとして、タイクン一行の滞在を無条件で許可する。それを今更ひっくり返して如何されます」
「ああ、分かっておる、分かっておる。……しかしな、本当に大丈夫なのか。もしウルへと知れ渡りこちらへあらぬ疑いを向けられればひとたまりもないぞ。カラナントも当てにならん」
パドローと呼ばれた小男の首長は変わらず部屋の中を歩き回っている。突然扉を叩く音が鳴り、一人の兵が入ってきた。
「失礼します、東方よりの報告。エレン=サジクラウ陛下が崩御とのことです」
「陛下が……!?」
パドローとカリオルは驚きの顔を隠さなかった。
「崩御とは……如何なる理由だ。重い病か何かか?」
カリオルが畳み掛けるように尋ねる。兵は気圧されながらも答えた。
「い、いえ、予てより争っておりましたレトとの戦において御自ら出陣。東方の死の谷にてレト軍に囲まれ、あえなく戦死とのこと」
「死の谷だと? なぜそのような場所で……」
パドローは訝しげな顔で考え込んでいる。カリオルが口を開いた。
「首長、これは……下手をすると此処ジェンマも戦禍に巻き込まれていた可能性がありますぞ」
「……どういうことだ?」
「それについては……ああ、もうよい。下がれ」
カリオルが言うと、報告に来た兵は一礼して部屋を去っていった。カリオルがあらためてパドローに向き直る。
「おそらくは……サジクラウ王率いるノイ=ウル軍は、サージ門の裏を急襲するつもりだったのでは。ウルとサージ門は一本の街道で繋がっており、そこでの戦闘は膠着しております。戦況を大きく動かす一手として、西側を起点として山脈を超えた分隊がサージ門の北側へ迫る。そういった策を提言された可能性も否定できますまい」
「ふむ……」
「ただ……その分隊をサジクラウ王が率いていたというのは些か疑問が残りますが」
「なるほど……レトとノイ=ウルの戦はしばらく膠着状態が続く……そう言われていたが、その予想が見事に崩れ去った形か……。待てよ、となるとその西側に位置する、このジェンマはどうなる? レト軍が攻め込んでくるのでは?」
慌てた様子でパドローが頭を抱える。
「落ち着きなされい。それに関しては東方からの便りを待つしかないですが……サジクラウ王亡き今、主のいないウルの攻略……あるいは陥落していれば……その統治に力を取られるはず。いずれにしてもこの乱世。密偵を多く放ちつつ、兵の強化はこれまで以上に図るべきです」
「しかし下手に練兵を行えば、叛意ありと取られるのではないか」
「もちろん、その辺りには十分に配慮してです。あくまでも通常練兵の見直しをするといった体で兵の増強を徐々に行なってまいりましょう」
「よし……それで、タイクン一行はどうする?」
「……今回の件はかえって都合がよい。レトやノイ=ウル側もこちらに注視している余裕はないでしょうから、予定通りいただけるものはいただいておかれるのがよろしいかと」
「分かった。その辺はお前に任せる。非公式の供物ゆえ、儂は会わんからな」
「かしこまりました。それでは、一行の出迎えには私が……」
「ああ、ちょっと待て」
部屋を出ようとするカリオルをパドローが呼び止めた。
「こういう大事なことは皆で決めねばならん。政務官全員を直ちに集めよ。タイクン一行の元へは別の誰かを行かせればよろしい」
「……かしこまりました。では、直ちに……」
一礼をし、カリオルが部屋を出た。
「……ふん、何事も一人で決められぬ小男よ」
誰にも聞かれぬよう小さく呟くと、カリオルは薄暗い廊下を歩いていった。
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