第三十三話 レトの忠臣
「…偽国、だと…?」
ギドクの驚く顔にデイタクトが頷いて答えた。狭く暗い石造りの部屋には簡素なテーブルが一つ。そこにライ酒の入った杯が二つ置かれている。壁にかけられた燭台の火が弱々しく揺れていた。
「そうだ。一旦、ウルはアラメイニに預ける。おそらく年明けにはノイ=ウル自治区を興す旨の発布があろう。アラメイニはそこから実効支配を強め、領土の拡大を狙うだろうが…そうはさせぬ」
「どういうことだ」
「詳しくは儂も聞いておらんが…兵站の分断。それとアラメイニ本国での内紛。これが来るべき時に同時に起こるらしい。そこを狙って、力を蓄えておいたレトの正規軍が偽国討伐に乗り出す」
「なるほど。そうあってはウルに駐留するアラメイニ軍は孤立。勝手に自滅するというわけか。それに、言うほど他国を支配するのは簡単なことではない。しかし…」
ギドクが腕を組み考え込む。それを見つめながら、デイタクトが続けた。
「そうだ。再びの戦乱。国盗りに弄ばれ、苦しむのは民に他ならぬ。…なあ、ギドク」
デイタクトは両手を膝の上に置き、ギドクにあらためて向き直った。
「儂らが…レトが目指していた国のあり方とはこういうことか。いかに戦乱の世とはいえ…。少なくともエレノア女王の代にはこのようなことは無かった」
「…デイタクト、何が言いたい」
ギドクが眉間に皺を寄せ尋ねる。
「儂は…エメイン陛下がこの世界に本当の安寧をもたらしてくださるのか、分からなくなってきた…」
「デイタクト、やめよ」
語気を強め、ギドクが言う。
「考えてもみよ。そもそもカトライン王亡き後、かねてより交わされていたレトとノイ=ウルでの取り決めでは、サジクラウ様が…」
「デイタクト!」
手に持つ杯をだん、と机に叩きつけ、ギドクはデイタクトの言葉を遮った。
「臣下が王を信じられなくなったら終わりだ」
「しかし…」
「…お主、疲れておるのだ。もう昔のように無理の利く身体ではない」
デイタクトは、それ以上は黙ったまま目の前の杯を片手に持つと、一気に呷った。
「儂は明日にも王都へ向かう。その時に陛下の御心も伺っておこう。…デイタクト」
ギドクは立ち上がり、項垂れるデイタクトを見つめた。
「早まるなよ。我らはレトの忠臣。レトの繁栄を願い、陛下のお気持ちに沿ってこその将軍なのだ」
デイタクトは黙って空の杯を持ったままでいる。ギドクはしばらくその様子を見ていたが、やがて静かにそのまま部屋を去った。静まり返る部屋で、デイタクトは俯いたままでいた。
「分かっている、分かっているのだ…そのようなことは…」
獣の鳴き声が遠く響き渡る。やがて雨音が石塔に響き始めた。穏やかな春の季節は終わり、着実に夏の足音が近づき始めようとしている──
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