第二十三話 尖塔での謁見(一)

「陛下は間もなく来られます。しばしここでお待ちを…」

 背の低い従者はイリアスに一礼すると、音も立てずに部屋の隅の螺旋階段から下に降りていった。

 謁見の間と呼ばれるそこは、六角錐の石積み屋根を被った尖塔の上階にある。いくつかの小窓が六方にそれぞれ取られ、そこからは薄暗い街の景色が見て取れた。床には深い赤色の絨毯が敷かれており、部屋の中央には大きめの円卓が置かれている。この間からの出口は先程従者が出ていった螺旋階段のみである。

「…謁見の間とは名ばかりの、まるで軟禁部屋のようだな」

 ガトラが窓の一つに手をかけながらこぼす。武器類は全てこの建物に入る前に預けてしまっていたので、多少落ち着かない様子であった。ウルヴンは曲線を描く壁面に背を預けたまま答えた。

「エル=エレシアは西壁の出城内に築かれた城塞都市です。限られた土地というのもありますが…その歴史において、広い間を取るよりも軍事的な実を取る構造がそこかしこに見られますね。王城の造りもその一つなのでしょう。…それにしても、このような尖塔一つが王の間とは別に謁見用に造られているのが面白いですね。下の階は迎賓のための調理場や詰め所のようでした」

 ふうん、と興味があるのか無いのか分からない返事をして、ガトラはイリアスの方を向いた。

「若、緊張などされておられないですか。先程の騒ぎもありましたし、急に公主と話すなど…。村では記憶をなくされていたとはいえ民に混じり暮らしておられていたのですから、突然このような…」

 ガトラが言い終わらぬうちに、下方からガシャリと金属の擦れる複数の音と、同じく何人かの足音がした。

「やあ、待たせてしまったかな」

 二人の衛兵を先頭に、アイガー王が現れた。先程までとは違い、二角馬の角があしらわれた兜を被り、大仰な鎧をまとっている。その後ろからシュローネとギリが続いた。

「お時間を作っていただき大変恐縮です、陛下」

 改めた声で話しかけるイリアスを右手で静止し、座るように促す。それに従いイリアスが席につき、ウルヴン、ガトラ、タイクン、ノアはその後ろについた。一呼吸おいてイリアスが切り出した。

「エレン=イリアスです。この度は拝謁の機会を早々に設けていただき、大変光栄に存じます」

 礼儀正しくアイガー王に接するイリアスには微塵も緊張の色は感じない。先程までとは違う堂々と相対する姿勢に、ガトラやノアは目を見張った。

「マハタイト国王ドラウ=アイガーである。長旅ご苦労でしたな」

 両の手を組み、王はゆっくりと円卓に下ろした。

「…それにしても驚きましたぞ。ホメロイ王のご子息、イリアス殿下がこうして我が眼前におられるとは」

 探るような目で王はイリアスを見つめている。イリアスは後ろに控えるウルヴンを一瞥すると、穏やかな表情のまま答えた。

「竜の加護の元、こうしてか細い命を与えられております。アイガー陛下におかれましてもご健勝のこと、大変喜ばしく」

「…まあまあ。お互い畏まるのはこの辺にしておきましょう。此の度の謁見、いかなるご用向ですかな。ただ挨拶に立ち寄ったということでもないでしょう」

「失礼ながら、それに関しては私から」

 ウルヴンが静かに言葉を発した。

「エレン=イリアス殿下が従者、ウルヴンと申します。拝謁の機会を設けていただき感謝いたします」

 そう言ってウルヴンは軽く一礼する。その様子を表情を変えることなく、シュローネは見つめていた。

「さて。ご覧の通り、亡きホメロイ王の第二子であられるエレン=イリアス殿下はつつがなくご存命であられます。本来ならば直ちにレトの王都タジルカーンへと赴き、レト国の正当後継者であることを高らかに宣言するのが筋というもの。しかし…」

「そうはいかんだろう。現国王は」

「ええ、後を継いだのはホメロイ王の遠戚であるエレン=カトライン。現在王位に就くのはその息子のエメインです」

「…イリアス殿下の前でこう言ってはなんだがな、ホメロイ王がその座を追われたのは、政治的な失策であるとこの国にも伝わっておるぞ」

「…それに」

 アイガー王の言葉を受け、後ろに立つギリが肩を丸めながら続けた。

「それに…これはあくまでも一般論でありますが、陛下の御前に座っておられるお子が確かにイリアス殿下であるという証左をこちらは全く得られていない状態でありますし…。昨今、王族を騙り各地方を練り歩く不逞の輩もいると伝え聞きますのでな」

 薄ら笑いを浮かべながら話すギリに対し、ガトラが拳を強く握り、大きく音を立て歯ぎしりをする。少し後ろに控えているノアが心配そうな顔でその様子を伺った。

「やめんか、ギリ」

 振り向くことなくアイガー王はギリを制する。ギリは黙ったまま、その小さな身体に似合わず大仰に頭を下げた。

「臣下が失礼をした…。しかしな。こ奴の言うことにも一理あるとは思わぬか、ウルヴン…殿だったか」

 そう言って身を少し乗り出す王に、ウルヴンが黙って頷いた。

「もちろん、その正当性というものは我々が示さねばならぬ責務と言えるでしょう。その前に…今回こうして陛下に拝謁いたしましたのは、是非取引をさせていただきたきことがございますゆえ」

「…取引?」

 訝しげな顔で王が尋ねた。はい、とウルヴンが再び頷く。

「単刀直入に申し上げます。今、レト国はエレン=エメインの王位継承を巡り、ノイ=ウル国王エレン=サジクラウと事を構えるに当たっている段階。戦禍はレト、ウル、そして遥か北方のアラメイニも巻き込み広がり続けている状況です」

「うむ」

 緩慢な動きでアイガー王は片肘をつき、ウルヴンの言葉を聞いている。

「我らはこの状況を逃さず、イリアス殿下におかれましても高らかにレト国の正統後継者を名乗っていただき、レトの秩序と安寧を取り戻したいと考えている所存。その際には…正式にマハタイトを王国として承認し、末永く国交を結ぶことをお約束させていただきたく」

「待たれよ。それは…軍を貸せということかな」

「いえ、我らが軍を持ったとしても、それは幼子が初めて刀を握るようなもの。時を得たとはいえ、我々だけで事を起こせるわけでないことは承知しております」

「…というと」

 アイガー王の問いにウルヴンは一息ついて、ゆっくりと前方を見据えながら続けた。

「この戦乱の中、アイガー陛下におかれましては巨大な勢力として大いに威を示していただきたく。そして、その御旗として是非我が主君、イリアス殿下を──」

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