第十八話 タイクン

 背後に巨大な影を受け、その男は山のような荷車の周りをぐるぐると歩いていた。丸い身体と相俟って大きな球が転がっているようにも見える。なんとも落ち着かない様子で、今度は立ち止まったかと思うと、キョロキョロと周囲を見渡した。やがて街道の果てに目的のものを見つけたのか、大きく手を振り始めた。

「おおい、ここだここだ」

 せわしなく身体を動かしながら男は待っていた。その元にイリアスたちが程なく到着する。

「遅いぞ。干からびるかと思ったわい。こんな荒地にか弱い老人を一人待たせおって…」

 ガトラがやれやれ、とこぼして答える。

「だから、村を出て少なくとも六日はかかるって言ってたじゃねえか。ただでさえ若は慣れない旅なんだ。お手柔らかに頼むぜ」

「…タイクン、久しぶり。元気にしてた?」

 タイクンと呼ばれた初老の男は先程までの渋い表情を一転させ、ひょいと顔を出したイリアスの方へと向き直った。ノアがさらにその後ろから右手をひらひらとさせている。

「おうおう、坊っちゃん…いや、若君。それにノアも。随分と大きくなられて…。ウルヴンやシャノにも支えられて逞しくなりましたのう。ワシが最後に村に寄った時にはまだ乳飲み子でしたか」

 んなわけないだろ、とぼやくガトラをよそに、タイクンはなおも続けた。

「元気にやってましたぞ。先月までもこの馬鹿と南方へな。とはいえ、ぼちぼち年寄りには長旅もキツくなってきましたわい」

 そう話し大きく笑い飛ばすタイクンには微塵も疲労の色は感じられない。つられて微笑むイリアス達にウルヴンが割って入った。

「タイクン、すみません。早速ですが」

 タイクンは軽く頷くと、懐からゴソゴソと木製の小さな札を何枚か取り出してみせる。

「おう、割符は全員分あるぞ。それと…」

「すでに伝えていただきましたか」

 ウルヴンの問いにタイクンが少し顔をこわばらせて応えた。

「いや、お前たちが到着してからと思っての。まだ伝えてはおらんが…本気か?」

「長いお付き合いになるかも知れないお方ですからね。嘘偽り無い謁見といかねば」

「ふうむ…食えん男よ」

 微笑むウルヴンを訝しげにタイクンが見上げている。しばらくその様子を見ていたガトラが何かに気づいたように尋ねた。

「…そういや、デューラスとルエンは?」

「五日ほど前に暇を与えたわい…。こいつの指示でな。ジェンマで良かったんかの?」

 タイクンの問いに、満足気にウルヴンは答えた。

「ええ。これで当座の準備は整いました。…さて、参りましょうか」

 タイクンと彼の大荷物を加えた一行は、目の前にそびえる城壁へと向かった。

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