第二十話 ドラウ=アイガー

「──申し上げます」

 ごうん、と低く鈍い音が響くその石造りの部屋で、一人の兵が目の前の男に跪いた。しばらくの沈黙の後、その兵が続ける。

「外郭西中央門よりタイクンの旅団が到着との報。うち一人…少年ですが、その…」

「うん」

 くちゃくちゃと咀嚼音に混じり、兵の目の前の男が先を促す。

「エレン=イリアス…と名乗っているとのことで…マハタイトの偉大なるドラウ=アイガー陛下との謁見を望まれているとのこと」

 咀嚼音が止まった。兵が何の気なしに顔を上げると国王──アイガー陛下と呼ばれたその男は顔をしかめたまま、魚のような目でこちらを凝視している。たまらず兵は頭を垂れた。

「…間違いないのか?」

「はい」

 王が干し肉を右手に持ったまま前方に腕を伸ばすと、素早く従者が放たれたそれを受け止める。そうして、その醜く膨れた身体が指し示すように緩慢な動きで腕を組むと、思案した様子の後に左手後ろを軽く振り返り、そちらに立つ甲冑姿の女性に話しかけた。

「ふむう…ホメロイの息子は二人とも死んだと聞いておったが…シュローネ、いかがいたすか」

 シュローネと呼ばれた甲冑の女性は静かに答える。凛と響くその声は石造りの部屋によく通った。

「…申し上げます。何らかの事情を抱えているとはいえ、多大なる影響を各国にもたらすタイクンの旅団。まずは丁重に迎え入れ、話を聞いてからでも遅くはないかと」

 うん、と軽く頷くと、王は右手後方にも振り向いた。

「ギリ、お前も同じ考えか」

 ギリと呼ばれた小男──こちらは深い青色のローブをまとっている──は王の問いに深く、ゆっくりと頷いた。

「いかなる目的でこの街に入り込み、謁見を望んでいるのかは分かりませんが…偉大なるドラウ=アイガー陛下の懐の広さをここで性急に狭める必要もないのでは…」

 シュローネがギリを一瞥する。それに気づき、にやりと不敵な笑みを浮かべるギリであったが、シュローネは気にした様子もなく再び前に向き直った。

「二人の意見は相違無いということだな。…よし、丁重に迎え入れろ。半刻ほどで謁見の間に向かう」

 石のように固まったままだった兵は深く一礼すると、素早く立ち上がり踵を返し部屋を出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る