第十六話 紺青旗掲げる老将

 先程までの喧騒が嘘のように、静けさが周りを包んでいた。騎馬の鳴らす蹄の音のみがこだましている。やがてその音も止まり、先頭を行く騎馬から一人の男が降り立った。

「…そうか、降伏はせんかったか」

 白髭を豊かに生やしたその老将は目の前に立つ男にゆっくりと近づく。男の両手には先程まで威勢よく声を上げ続けていたサジクラウ王の首があった。

「はい。王は最後まで戦われることを選ばれ、やむなく…」

「うむ」

 男の言葉に老将は頷くと、その首を受取りまじまじと見つめた。

「…間違いない。よくやってくれたぞ、カラヴァーン軍師」

「いえ…」

 カラヴァーンと呼ばれた男は物静かに答えると、老将に一礼し引き下がった。老将は自らの手に持つ首を後方に控える兵士に預けると、代わりに三叉の長槍を受け取り、地面へと突き立てた。

「偽王サジクラウは討ち取った!我々はこれより、ウルへと入る!」

 よく響く老将の声に応えるように、おお、という雄叫びが荒地の隘路に響き渡る。まるで峡谷自体が一匹の生き物のような──巨大なうねりを誰もが感じていた。

「…将達の様子はどうだ」

「機嫌取りの連中ばかりです。元々サジクラウ王への忠義というものは…」

 老将の問いに、カラヴァーンは特に表情を変えることなく答えると首を横に振った。老将はそれに黙ったまま頷く。

「軍師、これより儂らと行動を共にせよ。ノイ=ウルの残兵は自らの裁量でまとめるがよい」

「…仰せのままに」

 静かに答えるカラヴァーンに頷くと、老将は再び軍馬へと跨がり、東へと向かっていった。その後を規律正しく、片翼の鷹の紋章が入った紺青旗を掲げる軍勢がついてゆく。

「さすが、その名を世に轟かすギドク将軍よ」

 僅かに口角を上げるカラヴァーンの姿を、横でキシュルが黙って見つめている。

「こうして時代は動いてゆく。さて、我はどの道を進むか…」

 カラヴァーンはすでに地平線へと溶けてゆく軍勢に背を向けた。

「よし、我らも向かうぞ。直ちに荷物をまとめよ!」

 レトの紀五百七年。時代は大きな変化の時を迎えていた──

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